約 2,288,067 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4682.html
そうだ。俺は《あの日》が起きて以降、ずっと長門を気にかけてきた。こいつに何かあったら助けてやろうと、もう何も、長門が思い悩むことはなくしてしまおうと。そう考えてた俺は、少しずつ感情を露にしていく長門をみて安心していたんだ。 だが、今はどうだ? こいつはまた感情を爆発させて……今度は、一人で苦しんじまってるじゃねえか。言わなきゃ気付かないだって? アホか。こいつはずっと前にサインを出してたんだよ。それに俺が気付かなかっただけだろうが。 そう。何かが起きてからじゃ遅かったんだ。そして、俺はこれを起こさないようにすることは出来たはずなんだ。 だが、俺はその機会を無視してしまった。 俺は二回目の《あの日》、さっさと世界を修正しちまった。そして、もうやり残しはないと胸を撫で下ろしていた。とんだ大間違いだ。俺はあの時に眼鏡付きの長門を見て、あいつの確かな感情の存在に気付いたよな。それは間違いじゃない。そこからが問題なんだ。 ――俺は、それからどうした? 俺は……変わっていくあいつを守っていこうとしただけだ。それじゃダメなんだよ。俺は自分からもっとあいつに干渉しなければならなかった。それぞれの生き方ってのは大事にすべきだが、それ以前に俺たちは仲間じゃないか。もっと深く繋がって、支えあっても良かった。そうすべきだったんだ。今なら、昨日古泉が言っていた言葉の意味が痛いほど分かる。 そうだよ。俺は《あの日》があったお陰で、自分の気持ちを認めることが出来たんだろうが。そして、それから生き方も変わっていったんだろ。 けどな、それは俺が自分で変えたんじゃない。俺の心底に潜むものを長門が教えてくれて、長門が俺を変えてくれたんだ。なのに、俺は変わっていくあいつを見守っていただけだった。なんでだよ。あの日、長門は自分も変わりたかったんじゃなかったのか? それは、俺が変えるべきものじゃなかったのか? 「…………くっ」 ……あいつは俺に世界の選択を委ねた。 でもな。 俺がその決断を任されようとも、俺は長門に聞くべきことがあったんだ。ああ、あのとき、朝倉が消えていく間際に呟いていた疑問だよ。 ――長門の……望んだものについてだ。 世界を改変したキッカケは感情の爆発だったんだろうが、じゃあ長門は何を望んであの世界を作ったのか……俺は分かっているつもりだった。でも俺は、本当はなにも分かっちゃいなかったんだ。その願いをあの場所に置き去りにしてきちまったから、今長門は苦しんでる。そうなんだよ。俺が世界改変の瞬間に飛ばされたのは、実はあいつが自分の気持ちを訴えていた……SOSのサインだったんだ。 今わかった。これから《あの日》に向かってどうなるかなんて……そんなの、考えるべき問題になどなりはしない。 《あの日》はまだ……終わらせちゃいけない――。 そう思うと俺は喜緑さんに礼を言うことも忘れ、無心に長門と古泉の待つ文芸部室へととって返した。 教室内にはパーフェクトに無表情な長門が変わらぬ姿で鎮座しており、無表情というよりは青ざめた顔を浮かべた古泉は帰ってきた俺を認めるやいなやこちらへと近づき、 「長門さんは……どうなされたのです?」 俺は長門をチラリと見やると、喜緑さんから聞いた話を古泉に伝えた。このとき、喜緑さんになんの挨拶もしてなかったことに気付いた俺は、彼女に対して申しわけない気持ちを抱いたのだった。 「……そうですか。一度、死の概念が入ってしまった長門さんのパーソナルデータ……長門さんの人格とも言えるべきものは、情報統合思念体にイレギュラーを起こす懸念材料として……」 視線を落とし、顎を指で支えながら古泉が呟く。 「とにかく、俺は今から大人の朝比奈さんに会いに行く。《あの日》に行くかどうかを判断するためじゃない。行くために、なにがどうなのかってのを説明して貰わなけりゃならないからな」 午後の授業を受けている場合じゃないことは古泉も理解しているようで、 「……では、僕と長門さんは具合を悪くしたとして、保健室で待機しておきます」 無理に作ったスマイルでそう言う古泉に俺は、 「いや、二人にも来て欲しいんだ。多分、そのまま《あの日》に行くことになると思う。もしかしたら古泉、お前もあの瞬間に立ち会うことになるかも知れないんだよ」 「………?」 疑問符を浮かべる古泉。無理もない。俺はまだこいつに話してないことがあったんだ。それは俺の記憶が混濁していたから覚えたんだろうと思い、曖昧な意識の中で見たものだったから特に言わなかった。それは何か。 それは、俺が朝倉に刺されて意識を失う瞬間に見た……北校とも、光陽園学院のそれとも違う制服のハルヒの姿だ。 これが俺の真実見たものであれば、《あの日》に古泉がいなかったから行けないという理由は薄弱となる。そして俺が世界を修正した際、ハルヒの姿さえ見あたらなかったってことは……やはり《あの日》には、俺たちの知らない部分が大いにあるんだ。 しかも大人の朝比奈さんは、今度の規定事項には全員の力が必要だと言っていた。つまり、これからやる行動には古泉の力も絶対に必要なんだ。それがどんな形で必要になるのかは、朝比奈さん(大)に聞かなければ解らないが。 「……なるほど。《あの日》に僕が行けるかも知れない、というのは仮説として成立し得るでしょうね」 と言った古泉は沈鬱な表情を作り、 「ですが……僕が今からあの朝比奈さんの所へと行けるかどうかについては、また別の問題があるのです。僕の機関が、それをさせてくれるでしょうか?」 「古泉」俺は少しもどかしく思いながら「重要なのはそこじゃない。機関がお前にさせないと言ったとしてどうなる? お前はやらねえのか。重要なのは……お前が、やるかやらないかだろ」 「…………」 顔に影を落とす古泉。……こいつを動かすのは至難の業だと思っていると、 「……ちょっといいかなっ」 突然の闖入者の声に俺と古泉は意表を突かれ、声が聞こえてきた方へ覿面と振り向き返った。 「んと……キョンくんが走り回ってたからさっ、ひょっとしてみくる探してんじゃないかなーって思ってねっ」 鶴屋さんは笑顔の中に若干の気まずさを滲ませながら、開け放たれたままだった部室の扉から姿を覗かせていた。 「朝比奈さん……ですか?」俺は鶴屋さんに聞き返すように「いまから呼びに行こうかとは考えてましたが、何でそう思ったんですか?」 ひょっとして鶴屋さんは予知能力者なのかと思っていたら、 「みくるなんだけどね、今あたしん家にいるよん。ずっと前にみくる……から、うっとこの会社に注文されてたもんがあるんだけどさ、今日必要になったから取りに来るって言ってね」 「注文……ですか? そりゃなんの?」 「……それがちょっとワケありの代物なんだっ。古泉くんのバイト先のお偉い方と合同で作ってたんだけど、こっちは何作ってんだかちょろんとも分からなかったんだよねっ。開発コードネームはウラシマだったかな? ま、それが要るんだってんなら……キョンくんたちは今なにかやってるんじゃないかなって考えたわけだっ」 ……浦島? 未来人関係なら、時間の伸び縮みがどうのって理論のウラシマ効果となにか関係があるのだろうか。 「それにね、田丸さん御兄弟だったかなっ? あの人たちも、みくるを手伝いにトラックでうちに来るって言ってたにょろ!」 トラック? なんでトラックなんかが……? ――もしや荷台には工作員がうじゃらに潜んでて、『機関』が朝比奈さんの邪魔をしようと田丸さん兄弟を仕向けたのか? って、『機関』もそれを一緒に作ったんだし、それじゃ行動が支離滅裂だろう。うん? ……機関が合同で作った? 機関は未来人をあまり良く思っていなかったんじゃなかったか? 古泉もなにやら状況が飲み込めていないようだが……。 などと俺が思索していると、 「古泉くん!」SOS団名誉顧問である彼女は力強い視線を副団長に向けて、「なにが起こってんのかは知らないけどさっ、ハルにゃんのSOS団にはキミが必要なはずだっ。それは、古泉くんにしか出来ないことがあるからじゃないっのかなっ?」 このとき古泉はハッとしたような瞳の色を呈し、 「だからさっ、出来るか出来ないかでも……やるかどうかでもないと思うよっ。みんなには、古泉くんが必要なんだ! 古泉くんには……みんなが必要じゃないのかい?」 鶴屋さんは左手を腰に置きつつ顔の横に人差し指を上へ伸ばした右手を添え、ウインクしながら快活と言い放った。俺が古泉に目をやると、そこにはやんわりとした微笑を浮かべた古泉がいて、 「……そうですね。問題などありはしなかった。今の僕にはみんなが必要であるように、誰が欠けてもSOS団は成立しないのですから」 そして古泉は言った。 「行きましょう。あの場所へ。そこはもちろん……」 ああ。もちろんだとも。 「……公園へ急ごう」 そして現在、俺たちは公園にいる。 ここに来るまでも色々あった。どうせ『機関』には行動が筒抜けであるし、みだりな場所から学校を抜けると正当な理由で他者から捕縛されるだろうという理由から、俺たち三人は正面から堂々と学校をサボタージュしたのだ。 門を出ると直ぐに森さん(今回はカジュアルな服装だった)が緑のワンボックスカーからまろび出て、それはもう全速力で逃げようとする俺たちを諭し、森さんたち――運転手は新川さんだった――は協力する姿勢であると懸命に訴えてきた。古泉はずっと懐疑的な視線を送っていたが、実際問題徒歩の俺たちが森さんたちから逃げおおせるわけもなく、長門に何か頼むにも人目が多すぎた。 それで森さんの話を聞いていたのだが、彼女らと言わず『機関』はこちらの行動を阻む気など毛頭なく、むしろ支援の方向で助力してくれるということだった。どうやら機関の上層部に何か動きがあったようで、鶴屋さん邸にいる朝比奈さんを田丸氏御両人がサポートに向かっているのもそのためだったようだ。そして、森さんは古泉に関してこうも言っていた。 「古泉は、どうやら機関が自分の命の是非を問わず阻害してくると考えていたようです。そのようなことは、どう考えても起こりようがありませんのに」 さらに続けて、 「我々の特務機関は、言うなれば彼女(ハルヒだろう)が創設した組織です。身の危険に関しては、これほど安全が確保されている集団はありません。現に閉鎖空間での神人討伐の際、負傷者どころかかすり傷一つ負った者は御座いませんので」 ――ハルヒが、人が傷つくようなことを願やしないからか。 「はい。神人討伐が大変な労役であることには変わりありませんが、それは致し方ありません。そして『機関』はその規模ゆえ厳正に規則が設けられているのですが、組織の本質は彼女の思想と表裏一体なんです。内部には多様な思想が存在しておりますが、本流は彼女の望むところ……あなた方の赴くままへと指針は保たれているんですよ。それが世界の安定へと繋がっていると信じていますので」 なんだ。じゃあ古泉が憂慮してたことはまさに杞憂だったってことじゃないか。と俺が言うと、森さんはクスクスと秀麗な笑顔を浮かべ、 「古泉は若干特撮的展開への思考が強いですから。ですが、古泉の葛藤はそれだけSOS団の皆さんを思っていたゆえのことでしょう。まあ、そのため今日は突飛な行動を起こす可能性がありましたので、わたしたちはここで監視をしていたんです。機関の車だと衆目を集めてしまいますので、このワンボックスカーでね」 この語り口から、俺には森さんたちが信用の置ける人々だと感じ、そして公園まで送って貰ったという運びになったわけだ。正直走り出したは良いものの、公園まで走らなきゃならんのかという他愛のない考えもあったし。 「ホントに……来てくれて良かった。あのときは動転して、ロクなことを伝えられなくてごめんなさい」 「お母さんが謝ることなんてないっ。先輩、お母さんね、あの後泣いてたんだよ。なにがあったの?」 詫びる言葉も見つからない程にひどいことを言ってしまったのさ。……朝比奈さん(大)、泣いてたのか。古泉、俺を殴ってくれ。 「意味がありませんね」 との一言で古泉は俺を一蹴し、俺に棒立ちで気まずい思いをさせるという精神的ボディーブローをかまし、 「それより……初めまして、みゆきさん。そして初めましてというよりは、お久しぶりですと言ったほうが良いでしょうか。可憐な少女の未来に相応しい艶姿ですね、朝比奈みくるさん」 「ふふ。お久しぶりです。古泉くん」「フフ。あたしもお久しぶりって感じです。古泉先輩」 あらためて比べると、ホントに良く似た家族だと思うね。 「キョンくん……昨日はごめんなさい。わたしはあなたの気持ちについてもっと良く考えるべきでした」 おずおずとした雰囲気で言い放つ朝比奈さん(大)に、 「そんな、俺こそスミマセン。今日こうなることは当たり前だったと、自分で気付かなかったのが悪いんだ。……でも、もしかして俺の昨日の行動も規定事項じゃなかったんですか?」 「いえ、キョンくんに手紙を渡せなかったのは予想外の出来事だったわ。ビックリしちゃった。それと、あの手紙の内容はもう済んでます。ここにあなたたち三人で来てもらうことと、涼宮さんには内緒にして欲しいってお願いでしたから。昨日のあの後は……正直、気が気じゃありませんでした。もし涼宮さんに話が伝わってしまっていたら、アウトでしたから」 だとしたらちょっと前に世界終了一歩手前だったが、朝比奈さん(大)も朝の状態の俺にまた手紙を渡そうものなら何を起こすわからないために連絡出来なかったんだろうね。……それはとにかく、現在は無事に過不足なく進行しているようだ。 「長門おねえちゃん……?」 と……朝比奈みゆきは虚に沈んだ長門の顔を訝しげに覗きこみ、長門の周囲をキョドキョドと動き回っている。 ――そういえば、この子は長門から朝比奈さんへの託し子だったんだよな。長門の子供って……父親は誰なんだろうか、いや、あまり深く考えるのはよしとこう。色々と連想しちまう……って俺はなにを考えてるんだろうね? まあ、本人には秘密っぽいのでうかつな話は出来ないな。 俺が朝比奈さん(大)に進展を求める目線を向けていると、神妙な面持ちで頷いた大人の朝比奈さんは、 「みゆきちゃん。長門さんは今……とっても疲れているの。あまり迷惑かけちゃだめよ。こっちにおいで」 「やだっ、先輩のところがいいっ」 そう言いながらドスンと俺に抱きついてくると、顔なじみの野良猫がもつような愛嬌の良さで俺の顔を見上げてきた。妹にお兄ちゃんと呼ばれない分がこれで帳消しになった気がするね。 「もう」 笑みが混じった感じのやれやれといった顔を大人の朝比奈さんはへ浮かべる。 そして古泉は朝比奈さん(大)へと真面目な視線を向けると、 「……時間が余分にある状況ではないと思いますので、失礼ですが話を進めさせていただきます。あなたには色々お聞きしたいことがありますのでね。今日は答えてくれるのでしょう?」 「……ええ。わたしはそのためにここにいますから」 俺は朝比奈みゆきを体から少し離しつつ、 「本題に入る前に、一つ聞きたいことがあるんですが」 どうぞ、と笑顔で答える朝比奈さん(大)に、 「藤原が言ってた本来の歴史ってのは、あいつらにあの事件を起こさせるための嘘だったんですか? 佐々木と俺の関係がどうだってのも……」 朝比奈さん(大)はふるふると髪をなびかせ、 「いいえ。佐々木さんの気持ちが嘘なんかじゃないっていうのは、キョンくんが一番良く知っているはずです。そして、現世界の構成から矛盾を排除した場合……というより、キョンくんと涼宮さんが出会わなかったら、彼が話した通りの世界が存在していたと予測されます」 それも腑に落ちないんだ。ハルヒの能力発現時、俺は全くの他人だったというのに、なんでそれに俺が関係してるんだろうか。 「それは……今からキョンくんに、能力発現以前の中学生の涼宮さんを迎えに行ってもらうことが関係しているの」 「……涼宮さんが時空を改変する前へと時間遡行する、ということでしょうか? それはTPDD……いや、未来人にとって不可能なことで、そのためにあなた方は現代へと舞い降りたのでは?」 古泉の言う通り、そうだよな。大人の朝比奈さんが言ってるのは、時空の断層を超えて過去に行けるってことだ。 「確かに時間平面破壊装置では、能力発現以前の世界の姿である次元構造を渡ることは不可能です。だけど、それが不可能な理由を思い出してみて?」 藤原は、無限のエネルギーがないからだって言ってたっけ。 「ええ。そして、その問題は物質的なTPDDのエネルギーをもって解決出来るんです。これはつまり、物質的なTPDDをまるごと時間平面破壊装置で飛ばすってこと」 ……なるほど。と思っていると横から古泉が、 「……もしそれが可能ならば、何故藤原さんたちはそのTPDDのハイブリッド方法で過去に向かわなかったのですか?」 もっともなことを言い出した。朝比奈さんは、 「それについてはTPDDの詳細についてお話しするといいかな」 一呼吸置いて、 「まず二つのTPDDは、ハカセ君が遺した二大理論を基に構成されています。時間平面理論からは時間平面破壊装置が、そして時量子理論からは時粒子転換探知装置……タイムパーティクルスダイバージョンディテクターが作られたの。この時粒子転換探知装置は小さいわたしが現在取りに行っているもので、古泉くんの『機関』と鶴屋さんたちに制作を依頼した機械になります。そして藤原さんたちが使っていたTPDDは、実はその二つを混合させた完成形のTPDDで、わたしの組織の上層部がそのTPDDの動作を制限して藤原さんがこの時間平面にやってくるようにしたんです。そしてハイブリッドされたTPDDは……みゆき。あなたが今から完成させるの」 「ふえ、あたしが?」 キョトンとした顔で目をパチクリさせる朝比奈みゆきに、 「これから過去に行って涼宮さんを連れてくるために、みゆきには二つのTPDDを同時制御で操作してもらうわね。これはとても難しくって、みゆきにしか出来ないことなの。そして、みゆきの情報処理制御パターンをある基盤に焼きこんで、みんなが運転できるようにする部品も作るから……頑張って」 そう言って朝比奈さん(大)は俺と古泉へと向き返すと、 「では、今からSTC理論について少しだけ補足します」 ……古泉。お前の出番が来たみたいだぞ。 「うふ。そう構えないで大丈夫です。実は現状の世界を形成しているSTC理論は、音楽理論と一緒なんです」 「……なるほど。それならば、全ての現象が非常に分かりやすい」 「どういうことだ?」 古泉は手の平を俺に向けながら、 「STC理論、つまり時間平面理論による世界とは、単一では意味を成さない音符を連続させ、それによって紡ぎ出される『旋律』だという理屈ですよ。そして世界の歴史は、それまでの旋律が記された『楽譜』であり、朝比奈みくるさんは未来の『楽譜』なのです。こうやって考えれば、エンドレスエイトが簡単に説明出来ますね」 「へえ」と俺が言うと、 「そう。エンドレスエイトとは、コード進行のみを決めてあとはアドリブで演奏するジャズだったのです。そしてエンドレスエイトの繰り返しは、あの二週間分を反復して演奏していたのですよ。譜面上では最初に戻ったとしてもそれは曲が逆行するわけではなく、一回目に続いて二回目を演奏するだけなので、あのエンドレスエイトは一列に繋がった一つの曲であると言えます。だから僕たちは、以前のシークエンスの影響を受けていたのでしょうね」 朝比奈さんはこくりと頷き、 「その通り。そして規定事項は、未来の『楽譜』と『旋律』を等しくするための行動なんです。時間遡行は、未来人という『音』が過去の『旋律』に紛れるということ。そこでは未来人は只の雑音なので、基本的に『旋律』を変えてしまうことはないんです。ですが、イレギュラー的に『音』が加わって『旋律』が変わってしまうという事態や、自分の楽譜と過去の旋律が不一致しているなど矛盾した結果も発生してしまうの。……次は、これからの行動についてお話します」 これからの行動……ハルヒの中学時代と、《あの日》に行くことだ。 「能力発現以前の涼宮さんを迎えに行くことには、二つの意味があるんです。一つは、《あの日》での行動に涼宮さんの力が必要だからということ。そしてもう一つは……彼女にかけられた呪いを変えるため」 「……ハルヒに呪いが? 中学生のハルヒに、どんな呪いがかかってるっていうんですか?」 呪いっていうのはものの例えなんだけど、と続けて、 「……わたしが以前話したことを思い出して下さい。自分の知っている過去とは違っている過去、そして、本来生きていなければならない人が死んでしまう過去のこと。……今からキョンくんには、それを変えてもらうんです」 「それって……ハルヒが死んじまうのを変えるってことですか?」 ……ここで朝比奈さん(大)は暗い顔を浮かべ、少し沈黙した後、 「涼宮さんの呪いについては……簡単にいえばね、中学生の彼女は『いばら姫』なの」 いばら姫……つまり、眠り姫か。たしかその話は諸説あったが、お姫様が預言者たちから順番に贈り物をされていると一人の預言者から死の呪いをかけられてしまい、残りの預言者がその呪いを『眠り』の呪いに変える話だ。 「うん。それでね、物語の預言者が未来人だと考えてください。そして、『呪い』について今からお話します。まず……中学生の涼宮さんがキョンくんと出会わず、能力の発現が起こらなかった場合、将来キョンくんは佐々木さんと親密な関係になります。これは二人が中学時代に両想いで、キョンくんが涼宮さんと親しい関係ではなかったから。そしてSOS団を結成しなかった涼宮さんは将来、一人で道を歩いていたときに――えっと、その……」 朝比奈さん(大)は悲しそうな表情を作って「……禁則です」と呟いた。それが本当に禁則である感じはしなかったが、いばら姫の『呪い』を考えると……あまり詳しく聞きたいことじゃないな。俺がそう考えていると古泉が、 「……つまり、それが涼宮さんにかかっている『いばら姫』の呪いであり、その呪いを『眠り』に変える預言者が……朝比奈さん。あなたというわけですね」 「そんなところです」 そう朝比奈さん(大)は答え、俺は……一つ考えていた。 彼女の話によると、ハルヒが世界を変えちまうのは、俺の今からの行動が原因なんだろう。 つまり……。ハルヒに神様じみた能力を付加させたのは――俺なのか? すると公園の前に一台のトラックが停止し、後を追従していた黒塗りのタクシーから二人の人影が乗り出してきた。 「すっすみませんっ! ……遅れちゃいまし――」 その人は朝比奈みくるさん(小)で、後には喜緑さんの姿があった。 「……あ、」朝比奈さん(小)は目を丸くして大人姿の自分を目に入れると「上の……人ですよね? ってゆーか、やっぱり……」 「……お疲れさま。あなたが感じていた通り、わたしは朝比奈みくるです」 「あ、朝比奈先輩だっ。フフ。あとは涼宮先輩だけですねっ」 「ほえ? ……あ。もしかして、この子がみゆきちゃん……?」 これはスリーカードになるのかなと思いつつ朝比奈さん(小)に抱きつく朝比奈みゆきを見ていると、朝比奈さん(小)は長門を見て、 「――そっか。あの子がこんなに大きくなったんですね、安心しました」 この言葉を聞いたみゆきは不思議そうに、 「あの子って何ですか? あたしは先輩の……」 朝比奈さん(小)は自分の口を手で覆って、 「そ、そうでしたっ。みゆきちゃんは、あたしの将来の子供なんですよね。とにかく、可愛く育ってくれて嬉しいです」 えへへ、と笑いながら朝比奈さん(小)に頭を撫でられているみゆきと、それを微笑ましく見つめる大人の朝比奈さん。俺は喜緑さんに、 「……さっきは失礼しました。身勝手な行動をしてしまって」 「いえ、構いません。事態は急を要するので」 喜緑さんは大人の朝比奈さんに体を向けて、 「長門さんに生じた問題を解決するために、情報統合思念体も出来る限りの協力をする意向です。わたしがここに呼ばれたのも、そのことについてなのでしょう?」 「……はい。次元の世界を渡るためには、情報統合思念体の協力が必要なんです」 朝比奈さん(大)は集まった俺たちを見回し、 「これで役者は揃いました。それでは……今から、それぞれの行動についてお話致します」 「まず、キョンくんとみゆきには中学生の涼宮さんを迎えに行ってもらいます。みゆき、昨日教えた魔法の使い方はしっかり覚えてる?」 「うん、大丈夫っ。機械を操縦するときに使うんだよね?」 ……魔法、ね。恐らく情報操作能力のことだろう。大人の朝比奈さんはみゆきに頷くと喜緑さんへと顔を向け、 「そして二人が過去に向かうために、喜緑さんには思念体へアクセスしてもらって、時空改変以前の涼宮さん以外の世界の時を止めて貰います。よろしいですか?」 「了解しました。それだけでいいのでしょうか?」 やんわりとした笑顔で答える喜緑さんに、 「いえ、もう一つ。……長門さんの思念体を、凍結状態から復帰させてください。そして――」 大人の朝比奈さんは振り返り、今度は古泉に向かって、 「キョンくんとみゆきが過去へ行っている間、古泉くんには、長門さんの思念体と共に四年前の七夕の、長門さんの部屋へ行ってもらいます。そこでは、わたしとキョンくんが《あの日》へ行くために訪ねてくる予定ですから、わたしたちがやってくる前にリビングの隣の部屋へと隠れていてください」 それって、俺が長門の作り変えた世界から脱出プログラムで過去の七夕に飛んだ後、長門から話を聞くためにあいつの部屋へ行ったときの話だよな? あそこで長門は、隣の部屋は俺と朝比奈さん(小)のために丸ごと時間を止めたから開かないって言ってたはずだが……。 「そうなんですか?」 朝比奈さん(大)が俺に聞いてきた。 「ええ。っていうか、あなたも居たじゃないですか」 「そっかぁ」と何やら考える様子で、 「じゃあ、扉を開けられないように気をつけないといけませんね」 「……どういうことです?」 「……えっと、」少し思案顔を浮かべた後、俺に微笑みながら「このわたしは、まだその七夕でキョンくんを導いてはいないの。それはわたしが、これから行うことです」 ……つまり、あの七夕の日に来ていた大人の朝比奈さんは、この朝比奈さん(大)だったってことなのか? 「そういうことです。今のわたしは、世界の歴史を整えるために、上層部からの指令をみんなに説明をするよう頼まれているだけなの。わたしもこれからあの七夕へと向かって、世界を修正するために頑張ります」 パチリとウインクをかまし、そして朝比奈さん(大)の放ったハートマークが俺の顔に当たるまでの束の間、俺の生体活動は停止していたかのように思われた。 ――なんてこった。じゃあ、長門と俺と朝比奈さん(大)があのアパートで《あの日》について話していたとき、隣の部屋には……古泉が居たってことじゃないか。なんとゆーか、あいかわらず眩暈がするね。 朝比奈さん(大)は古泉へと面を返し、 「古泉くんには、あなたにしか出来ないことをお願いします。そしてそのまま、小さいわたしがこの規定事項を終えて迎えに来るまで待っていて下さい」 古泉は真剣な顔で首肯すると、 「……なんとなく、僕がやるべきことは感じています。つまり僕は、副旋律を担当するのだと言うのでしょう?」 「……副旋律? なにがだ?」 俺がそう聞くと前髪をピッと弾き、 「これから行う規定事項で、僕たちはそれぞれ自分のパートを受け持つということですよ。音楽的にいえばつまり僕らは演奏者であり、《あの日》へと直接赴くあなた方は主旋律を担当し、そこへ行かない僕は副旋律を担当するようなもの。そして、長門さんが変えてしまった世界から続くこの世界は、この規定事項を完遂させた結果……言わば一つの楽曲なのです。あなたの行動によってあの三日間が発生し、僕のこれからの行動には……恐らく、長門さんの小説が関係しています」 「あいつの小説が? どうしてだよ」 古泉は少し悩んだような顔を浮かべ、 「……僕はずっと、思念体が長門さんを疎遠にしていた問題の答えは、彼女の小説の三枚目の中にあると考えていました。あれに書かれている内容ですが……まず、棺桶というワードに『死』という隠喩があるのは間違いないでしょう。次に、その小説の中で長門さんらしき人物はその『死』を望んでいて、そしてその『死』を阻む存在として、僕や朝比奈さんらしき存在が示されていました。そして物語は顛末を見ないままに終えられている。僕は長門さんに後のストーリーについて聞いてみたのですが、彼女は、この小説は殆ど無意識に近い状態で書き綴ったために答えることが出来ないと仰っていました。そして今……長門さんは『死』を願った代償として思念体から制限を受け、記憶をなくしてしまっています。――これから僕がやることは、あの小説の中で表現されている……彼女が忘れてしまった自らの発表するものを思い出させることです」 「つまり、お前は何をするんだ?」 古泉は大人の朝比奈さんに意味ありげな目配せをして、 「……とにかく、僕は長門さんが抱える問題を解消します。ですが、僕の行動にもあなたの協力が必要不可欠です。なので……」 古泉は決心に満ちた視線で、 「――許可を」 もちろん良いに決まってる。何をするのかはわからんが、わざわざ許可を得る必要なんてないぜ。 「そう言ってくれると信じていました」 古泉は目を細くしながら言い、 「あの小説を読解しましょう。長門さんの忘れている自分が発表するものとは、僕たちも知らない『長門さんが望んだもの』だったのです。そして発表会とは、《あの日》のこと。……僕は、長門さんが発表の舞台へと戻ってこれるように尽力します。あの物語を紡ぐのは、長門さん自身なのですから」 ……ってことは、あの長門の小説は何かしらのヒントだったのか? じゃあ、他の一枚目と二枚目にはどんな意味があるんだろうか。 「ええ。経緯はまだ不明ですが、恐らくあの小説は、長門さんの識閾下から綴られた僕たちへのメッセージだった。そして、二枚目については何となく見当が付いています。あの二枚目こそが長門さんの思い出であり、長門さんの歴史なのでしょう。現在の長門さんはそれを失ってしまっているので、僕はこれから、あなたの協力を得てその失われたページを取り戻すのです」 「……そっか」俺は長門を見る。「……こいつは、こんな風になっちまっても、俺たちを助けてくれるんだな。――次は、こっちが長門を助ける番だ」 ここに集まった全員が一致して頷き、意思の固まりを確認する。大人の朝比奈さんは俺へと微笑み、 「……では、行動を開始します」 さて。俺が今からやるのは、みゆきと一緒に中学ハルヒを連れてくることだ。 俺とみゆきが大人の朝比奈さんに率いられてトラックへと向かっていると、 「中学生の涼宮先輩、どんな感じなんでしょうね? フフ、楽しみです」 みゆきが無邪気に話掛けてきた。なに、俺は一度会ったことがあるが、中学のハルヒは身体的特徴が若干小さいだけで、全く今と変わらんさ。 「フフ。涼宮先輩らしいです」 クスクスと笑みをこぼし、前を向く。そしてトラックの荷台の後部へと着くと朝比奈さん(大)は扉を開け、 「……これが時粒子転換探知装置、タイムパーティクルスダイバージョンディテクターです。一般的な概念から言えば、このTPDDこそがまさにタイムマシンと言えますね」 「ん、」 俺は呟く。中に入っていたのは、一般乗用車程度のサイズのお椀を伏せたような形状の半球から、車ならタイヤがあるべき四方の位置に三十センチメートルほどの突起物が等しい形で付いており、こちらへと向いている正面には、それらよりも二倍ほど長い突起物が……ええい、説明が面倒だ。それにこれはどっからどう見ても……、 「亀じゃないですか」「うわあ、大きいカメさんですね」 そのフォルムはまさに亀であった。 「これは、時量子理論が基になったTPDDなの。この形に意味はないんだけど、ハカセくんがあのとき、川の流れの中を泳ぐ亀を見たことによって生み出されものだから……ふふ、単なる遊び心です」 えらく茶目っ気の効いた科学者たちだなと思いながら、俺は藤原の言葉を思い出していた。 なるほど、物質的なTPDDの形は浦島太郎ね。あいつは俺をおちょくりやがったわけじゃなかったのか。ってことは、もしかしたら浦島太郎の話は実話なのかな。 「うふ。禁則事項です」 大人の朝比奈さんはそう言ってみゆきに、 「じゃあ、今から時空間の座標を教えるね。みゆき、手を出して」 みゆきが差し出した小さな手のひらに朝比奈さん(大)がちょんと触れると、 「りょーかいっ。フフ、失敗しないように頑張ります」 頑張ってね、と言いながらみゆきの頭をナデナデしつつ、 「……じゃあ二人とも、これから直ちに出発して下さい。キョンくん……健闘を祈ります」 「了解しました、朝比奈さん。あのじゃじゃ馬娘を、縄ででも繋いで引っ張ってきますよ」 ――よし。今から……中学生を拉致しに行くとするか。 第四楽章・再
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/556.html
雪山で遭難した冬休みも終わり3学期に突入し、気付けばもうすぐ学年末テストの時期になった なのに相変わらず、この部屋で古泉とボードゲームに興じている俺ははたから見ればもともと余裕のある秀才か、ただのバカか2つにひとつだろう どちらなのかは言わなくてもわかるだろ? 先程、俺と古泉に世界一うまいお茶を煎れてくれた朝比奈さんもテスト勉強をしている 未来人なんだから問題を知ることぐらい容易であるように思えるがその健気さも彼女の魅力の一つだ この部屋の備品と化している長門も今日はまだ見ていない 最近はコンピューター研にいることが多いようで遅れて来ることもしばしばだ 観察はどうした?ヒューマノイド・インターフェイス 「最近涼宮さんに変化が訪れていると思いませんか?」 わざわざ軍人将棋なんてマイナーなものを持ってきやがった、いつものにやけ面がもう勝てないと踏んだのか口を開いた 「その台詞、前にも聞いたぞ、今度はなんだ?」 半ば勝ちが決まったゲームの駒をすすめながらこたえる 「いや、失礼。表現があまりよくなかったようですね。あなたが最近…というかクリスマスイブ以降、長門さんに無意識に目がいくようになったのを目ざとく最初に見つけたのは涼宮さんです。」 「質問の答えになってない」 俺の言葉は自分で思ったよりぶっきらぼうだったらしく古泉は微笑のなかで眉をひそめた 「最後まで聞いてください。あなたには話していませんでしたが、それ以来閉鎖空間の頻度が少しだけあがっているのです」 「ほお、それで?」 聞き役に撤するのは得意ではないが、ここは言葉を続けさせるべきだろう 「あなたが長門さんを気にするのを涼宮さんは気に入らないのですよ」 にやけ面が含み笑いを取り入れ、いつもの数倍は苛立つ顔になる あまり続きを聞きたくなくなったので手元のボードゲームの勝ちを決めることにした 「あなたも、もし僕が朝比奈さんと仲睦まじげに話していたらイライラするでしょう?…それとも、この例えは涼宮さんの方が的確でしたか?」 やめろ、古泉 忘れたかった記憶が戻ってきそうだ 「ありません」 勝ちが決まったゲームを投了するのはいささか不快だが話を終わらせる手段はこれしか見つからなかった 「投了ですか?確実に負けたと思っていましたが、あなたには何手先が見えたんです?」 今しか見えていないさ 話を中断する理由がほしかっただけだ とも言えないので俺は黙ってお茶を飲むことに集中した うん、うますぎる 「そんなことはどうでもいいですね、今回は僕の勝ちです」 そう言いながら古泉は対戦成績表に丸をつける ながら丸付けか、小学校の教師ならやりそうだ 「では話を戻しましょうか」 思わずお茶を吹き出しそうになるがもったいないことこのうえない しかし、ごまかしたと一瞬でも油断した俺がバカだった 俺がバカなのは冒頭で述べたばかりなのでいまさらだが 「涼宮さん風に言うと、一種の精神病ですね、彼女はまさに今その状態です」 やめろ、そこまで記憶がさかのぼると閉鎖空間での悪夢を思い出す そんな俺の危惧を知ってか知らずか古泉は続ける 「閉鎖空間から涼宮さんと二人で戻って来れたのですからあなたもまんざらでもないのでしょう?」 …近くに44オートマグがあったなら自分の頭を打ち抜いていただろう 銃刀法に感謝しろ、古泉 「おやおや、そんな顔をするなんて予想外でした。続きを話すのが少し億劫になってきましたね」 そんなことを言いながらもちっとも表情を崩さない古泉に殺意すらおぼえた どういう言葉で殺意を表してやろうか考えていると、いつものようにどでかい音をたてて我らが団長が飛び込んできた 「やっほー!みんないる?」 銀河系の星達がすべてちりばめられたような笑顔を振りまきながら入ってきたハルヒ やばいな、これは何かろくでもないことを思いついた時の顔だ 「…あれ?有希はまだ来てないの?」 寡黙な宇宙人の指定席であるパイプイスに目をおき、疑問をなげかける 「長門なら、多分コンピ研じゃないか?」 疑問にこたえたのは俺だった 朝比奈さんはハルヒのお茶を煎れに行ってしまったし、古泉は微笑を浮かべるだけなので自動的にこたえるのが俺の役割になっていた 「ふぅん、じゃああたし連れ戻してくるから、それまでに会議の準備しといて」 それだけ言うとハルヒはスピードスケートの清水のようなスタートダッシュで駆け出した やれやれ、おっとこれは禁句だったか だが、口に出してはいないので大目にみることにしよう やれやれ、また会議か 時期的に今度は春休みか? 「あなたの席はここ一年ずっと涼宮さんの前でしたよね?」 急に何の脈絡もないような話を振ってきた古泉 「ああ、そうだ」 「それは恐らく、彼女が望んだからそうなったのです。涼宮さんはあなたのそばにいたいのです」 指で前髪を遊ばせながら古泉が語る 誉め言葉ではないがこういう仕草がこいつにはむかつくほど似合う 「単刀直入に言います。涼宮さんと付き合ってみてはいかがですか?」 いつもの糸のようなが見開かれ、その視線は真っすぐ俺の目を見ている どうしてお前の真面目な顔はこうも不気味なんだ 「お断わりだ、付き合う付き合わないは人に言われてどうこうの問題じゃないだろ」 俺がそう言うと古泉は口をへの字には曲げてはいたが、顔に笑みを戻した 「そうですね、失礼しました。それではあなたにお任せしますよ」 だから付き合わないと言っているだろう 任せるもへちまもあったもんじゃない 「たっだいま~!」 話が終わるのを見計らったようなタイミングでハルヒが長門をともない戻ってくる ハルヒは朝比奈さんの煎れたお茶を飲み干すとこう叫んだ 「我がSOS団は春休み、花見をするわよ!」 第1章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/839.html
その1(古泉戦争with代名詞編) ハルヒ「ちょっとキョン!アレとって!」 キョン「アレって何だ?」 ハルヒ「だからアレはアレよ!!」 キョン「落ちつけ、それだけじゃわからん」 ハルヒ「指差してるでしょ!?」 キョン「指差されてもわからんから言ってるんじゃないか」 ハルヒ「もーこのバカキョン!!」 古泉「あなたも鈍いですね。涼宮さんは机の上にあるリボンをとってほしいのですよ」 キョン「ああ、そうだったのか。このへん散らばってるからどれを指してたのかわからんかった 古泉礼を言う。全く些細なことで閉鎖空間を広げてしまうところだった(小声で)」 古泉「いえいえ、礼には及びませんよ(これで好感度アップですね♪)」 ハルヒ「古泉君全然違う!」 古泉「何ですって!?(好感度アップにはつながりませんでしたか…)」 ハルヒ「もー何で誰もわからないのかしら!?そこに団長の腕章があるでしょ!? とってほしいのはそれよ!!」 キョン「まぎらわしい。最初からそう言ってくれてれば手間をかけることもなかったのに」 古泉「(小声で)キョン君、そうぶっきらぼうに言ってはいけません」 キョン「(小声で)おいおい、たったこれくらいのことでお前はいちいちハルヒの味方をするのか?」 古泉「(小声で)よく聞いてください、ズバリあなたは涼宮さんに信頼されてるんですよ 彼女はあなたがアレという代名詞だけでそれが何かわかってくれると信じてるんです 意志疎通ってやつですね。うらやましい限りです(是非、キョン君ともそういう仲になりたいものです)」 キョン「はあ…」 古泉「(小声で)ですから、そんな彼女の気持ちに応えてあげるように…」 キョン「お前の言いたいことはわかったよ」 ハルヒ「ちょっと二人とも!いつまでひそひそしゃべってんの!?もう、キョンしっかりしてよ」 気付くとハルヒはすでに自分の腕章をとっていた キョン「すまんハルヒ、今度からはお前のいうアレとは一体何なのかすぐ把握できるように努める」 ハルヒ「わかればよし!そうと決まれば今日は解散よ!!」 キョン「お前の解散基準がさっぱりわからん」 ハルヒ「じゃあキョン!今からあそこに行きましょ!」 キョン「あそこ?…(また代名詞か、もう勘弁してくれ、ってかさっきからワザとだろ絶対)ええっと、それはだな」 古泉「おそらく彼女の家のことでしょう」 キョン「なんだ、あそこってのはハルヒの家のことだったのか。…っておい!?」 ハルヒ「きょ、キョンあんた何言ってんの!?この前、あんた遅刻した罰金まだ払ってなかったから 喫茶店で今からおごってもらおうと思ってたんだけど…私の家って…一体どういうつもり? 何か変なこと考えてんじゃないでしょうね?!」 キョン「いや、違うんだハルヒ、これは不可抗力というやつでな」 ハルヒ「うるさいうるさいうるさい!」 古泉「(ふふ、さっき僕はキョン君の好感度を上げようとして彼に提言した。しかしそれは失敗してしまった。 そのとき僕は悟った、自分の推理力を過信してはダメだと。そこで発想の転換です。 つまり僕とキョン君との好感度をアップさせるのではなく、彼と涼宮さんとのそれをダウンさせればいい。 涼宮さんが望んでいない答えに彼を誘導することで、相対的にキョン君の意識は涼宮さんから僕へと移り変わる。我ながら素晴らしい作戦です)」 キョン「く…(古泉め、後で覚えてろ。まあヤツにつられる俺も俺だが)」 古泉「(ふふふ…キョン君、あきらめなさい!)」 ハルヒ「……まああんたがどうしても来たいってならしょうがないけど…」 古泉「(NO-!事態は思わぬ方向に!!)」 キョン「!?…行っていいのか?」 ハルヒ「言っとくけど感謝しなさいよ!?私が男という生き物を家に招くということはめったにないんだからね!!」 みくる「つまりそれってキョン君が涼宮さんにとって特別だってことですよね♪」 ハルヒ「み、みくるちゃん、一体何言って…」 キョン「なあ、特別って何だ?」 ハルヒ「そ、そういうことよ!!!」 キョン「(ホント、よく代名詞を使うヤツだなこいつは)じゃあ、そういうことって何だ?」 長門「…(鈍い人)」 ハルヒ「…もうッ!このバカキョン!!いいからあんたは黙って私の家に来ればいいのよ!!!」 キョン「おいおい、俺はまだ行くとは一言もいってないぞ」 ハルヒ「え、何?来ないの…?」 キョン「あ、いや、まあ別に用事ないし…」 ハルヒ「じゃあ決まりね!!時間もないしとっとと行くわよキョン!」 キョン「だー待て、せっかくだし、みんなも誘ったらどうだ?」 みくる「あ、ご、ごめんなさい、私今日用事あるんですう~♪」 長門「…私も今日はちょっといけない」 古泉「僕も実は今日バイトがあるんで!(本当は僕一人でも逆らいたいところですが… この空気には逆らえそうにありません(泣)長門さんに何かされても困りますしね… 僕の完全敗北です)」 キョン「(みんなそんなに俺とハルヒを二人にしたいか)」 ハルヒ「あら、そう?じゃあついてきなさいキョン!」 キョン「お、おう(ま、悪くはないかな…だが一体行って何をするのだろうか? まあそのへんはハルヒが考えてるだろうがな)」 その2(休戦withハルヒ宅編) そして俺達はハルヒ宅へと着いた。 キョン「おじゃましまーっす」 ハルヒの母「いらっしゃい。あら、もしかしてあなたがキョン君?」 すげー美人が目の前にいた。 キョン「ええ、そうですけど」 ハルヒ母「あら、そう♪ウチの娘がいつもお世話になってます♪」 キョン「いえいえ、そんな」 ハルヒ「母さんはもういいから、あっち行っててよ!!」 ハルヒ母「ひどい娘ねえ、まあいいわ、どうぞ二人で楽しんでらっしゃい!ふふ」 ハルヒ「だからそんなんじゃないってば!」 キョン「(そんなんの意味を尋ねようと思ったが、今はやめておこう)」 で、今から何すんだ?」 ハルヒ「さあね」 キョン「決めてなかったのかよ」 ハルヒ「とりあえず私今から部屋で着替えるから、だからあんたはそれまで待ってて」 キョン「そうかい」 ハルヒ「覗いたらぶっ殺すわよ」 キョン「へいへい」 言われた通り、ハルヒが着替えるのを待って俺は部屋に入った。 うーむ、ハルヒといえども女の子の部屋に入るというのは緊張するな。あ、決して変なことは考えてないからな。 ハルヒ「何か変なこと考えてたんじゃないでしょうね?」 思ってた矢先にこうだ。ちょっとムカっときたので、少しハルヒにイタズラをすることにした。 キョン「なあハルヒ、その変なことって何だ?」 ハルヒ「へ?」 キョン「その変なことっていうのをどういうことかを俺に詳しく説明してくれ。」 ハルヒ「わ、わかってるくせに…あんた、女の子の口から言わせるつもり??」 キョン「いや、全然わからないねー」 ハルヒ「このバカキョン!エロキョン!」 うお、バカとエロの二重コンボか。 その3(闘争withポーカー編) その後、特にすることもない俺達はトランプをすることにした。なぜかって?なぜと言われても返答に困るが、 一番無難だからとでも答えておこう。ハルヒはトランプをするのは久々のようで結構はりきっていた。 ハルヒ「まずはコテ調べにポーカーね!」 キョン「な、いきなり賭け事かよ!(まあ、こいつらしいといえばこいつらしい)」 ハルヒ「別に、誰も賭けるとは言ってないでしょ!」 キョン「そうか、それはすまなかった(珍しいこともあるもんだな、ひょっとして機嫌でもいいのか?)」 そういうわけで、ポーカー開始だ。俺が繰った後、5枚のカードをそれぞれ自分とハルヒに渡す。先攻は俺のようだ。 キョン「…(俺の手札数字がバラバラだ。これじゃペアは狙えそうにねえぞ)」と悲嘆に暮れていた俺であったが その代わり、5枚のうち4枚がダイヤだったので、ここは思い切ってフラッシュを狙うことにした。 キョン「じゃあ俺は1枚捨てて1枚ひくぜ」 そう言って俺は運命のカードをひいた。が、人生というのは上手くいかないな、俺がひいたのはスペードだった。 フラッシュをあきらめ、元からある4枚の数字と一つでも同じでないか、そうワンペアを狙ったのだが その思いも1秒足らずで風化した。運が悪すぎだな、これは世に言うブタというやつである。 ハルヒさん、どうやらあなたの勝ちのようですよ。 キョン「ハルヒ、お前の番だぞ」 ハルヒ「わかってる」 よく見ると、ハルヒは深く悩んでいるようだった。そう深く考えなくてもお前は高確率で俺に勝てると思うけどな。 ハルヒ「こうなったら5枚全部捨てるわ!」 …!こいつ全部入れ替えやがった!ということはこいつも俺同様、手札が悲惨だったのか。 ハルヒ「むー…」 ハルヒ、お前全部表情に表れてるぞ。そんなにいいカードがなかったのか。 キョン「よし、じゃあ勝負だ!俺はブタだ」 ハルヒ「!なんだ、あんたもなの。安心したわ、私もブタ!」 なんと、こいつもブタだったのか。この場合、互いの持ってる5枚のうち、最も大きい数字で勝負することになる。 ん?なんかハルヒの目が輝いてるぞ? ハルヒ「キョン!私の勝ちよ!見なさい、このキングの13を!まさに私にふさわしいカードだわ!」 お前の場合、女だからクイーンじゃないのか。まあ、そんなどうでもいい突っ込みはいい。 だがハルヒさん、ゲームで古泉に連勝する俺の実力、そして運をなめちゃいけないぜ。 …比較相手が古泉なので説得力がないのが悲しいが。 キョン「1だ、俺の勝ちだなハルヒ」 当然だが、ポーカーにおいては1が13よりも強い。他のトランプゲームでも大抵そうだけどな。 ……しっかしなんて低レベルな試合だ。 ハルヒ「く…!キョンのくせに私に勝つなんて生意気よ!!!」 キョンのくせにか、ひどい言われようだな。 ハルヒ「まあでも1ってのはあんたらしいけどね」 おい その4(闘争with大富豪編) なんだかんだいってトランプごときでここまで熱くなるとわな。相手がハルヒっていうのも原因の一つかもしれない。 その後、ポーカーを2、3回したがなんと全部俺の勝ちだった。ハルヒに勝てるのはトランプの世界だけかもしれないな。 機嫌が悪くなったのか、今度はハルヒは大富豪をしようと言い出した。なるほど、ハルヒが好みそうなゲームだ、 受けて立つぜ。…といったものの、二人で大富豪となると一人の手札が総数の半分の26枚になってしまう。 あまりに多いので、さすがに手札の数を減らした。最終的には15枚でハルヒの合意を得た。 ハルヒ「じゃあスペードの3、私がもってるから先攻は私ね」 キョン「そうか」 ハルヒ「3のダブルよ!」 キョン「お前、いきなり2枚勝負かよ」 まったく、ハルヒらしいぜ。俺も対抗してカードを置いていくが、ラストは俺のジョーカー&2のカードで締めた。 ちなみに2は大富豪においてはジョーカーについで2番目に強い。 (なんかトランプ講座みたいになってきたのでここで説明終了) ハルヒ「対抗できるカードなんてあるわけないじゃない!キョン、あんたの番よ」 俺は残り11枚、ハルヒも11枚…ここで俺は4枚ともクローバーの10、9、8、7を使わせてもらった。そう、革命である。 ハルヒ「な…!!!」 ハルヒの驚いた表情と後悔の念が伺える。そりゃそうだ、さっきこいつは3のダブル(2枚)を使ってしまったんだからな。 というか、これくらい予測しとけよハルヒ… キョン「そして俺は1のダブルだ、ハルヒ助かったな」 ハルヒ「バカいわないで!革命中だから1を捨てるのは当然のことじゃない。 っていうかあんた、そんな強いカードもってて革命とかバカなんじゃない?」 言われてみればそうかもしれない。だが、革命をしたときのハルヒの顔色が見たくてな、察してくれ。 ゲームってのは楽しまなきゃ意味ないぜ。 ハルヒ「じゃあ私はキングの13のダブルを出すわ」 つくづくキングに縁があるやつだなお前は キョン「俺は10のダブルを」 ハルヒ「9のダブル」 な…こいつ意外にダブルもってんのな。じゃあこいつはどうだ? キョン「5のダブルだ」 ハルヒ「ふふッ…キョン、何あんた勝ち誇った顔してんのよ?」 なんだって?俺がそんな表情をか。俺もお前のこと言えねーのかもしれねえな。 ハルヒ「じゃあ私はそれに4のダブルをぶつけるわ!!」 キョン「強いなハルヒ。俺はパスだからお前の番だ」 みなさんお気づきだろうか?俺は残り1枚、ハルヒは6枚である。 ハルヒ「ふふふ、1枚になったことを後悔させてあげるわ♪」 何をいきなりおっしゃるハルヒさん ハルヒ「2のダブルをだすわ」 キョン「…お前革命なかったらどんだけ強いんだよ!?」 ハルヒ「そうよ!あんたが革命起こしたせいなんだからね!!」 俺は1枚だけだから出せるわけもなく…ん?もしかして俺はやばいのか? ハルヒ「畳み掛けるわよ!!ハートの10と11とジョーカーで攻撃!!」 キョン「階段!?マジかよ!?」 最後の最後でジョーカーとは…なんだかんだいってお前策士だな。それとも俺は油断してたのか…? ハルヒ「最後に1を出してっと♪はい、私の勝ちね♪♪」 ハルヒの手札がなくなっちまいやがった。畜生、俺の手札の1枚は、革命下で最強のはずの3だったのに… 早々に手札が1枚だけになったのが最大の敗因か…不覚だ。 キョン「強いじゃねーか、ハルヒ。やりがいがあるってもんだ」 ハルヒ「ふん!キョンのくせに生意気な口たたいちゃって!いいわ、これから私の強さを見せつけてあげる!!」 うむ、見事に見せつけられた。この後、俺達は7時まで大富豪をしてたのだが、なんと今度は俺の全敗だった。 神様ってのは運を人間に平等に与えるのなとつくづく思った。 ハルヒ「あ、キョン、もしかして運が悪かったって思ってる?それは自惚れね!あんたには実力がないのよ!」 痛いとこつかれたな。ま、決して弱いほうではないと思うけどな。ふ、聞かなかったことにしよう、それが俺である。 その5(平和with両思い編) ハルヒ「あーとっても楽しかったわ♪」 キョン「そうだな、トランプごときでここまで熱くなるとはな、俺も十分楽しかったぜハルヒ!」 ハルヒ「私からみても楽しそうなのがわかる♪キョンが楽しんでくれてよかったわ」 キョン「(めちゃくちゃ機嫌いいな)お前もみてて楽しそうだったぜ。子供のようだったよ」 ハルヒ「あら、あんただって子供みたいだったけどね!!」 俺達は笑った。うむ、互いに負けず嫌いってとこは認めなければならないだろう。 その後しばらく談笑してたが、7時半を過ぎてるのをみて、さすがにもう家に帰る頃…ってか帰らないとやばいな、 妹たちに俺一人のために夕食を待たしちまうと思い、ハルヒの家を出ることにした。 楽しかったから俺としてはまだずっとハルヒと一緒にいたかったけどな。 ハルヒ母「あら、もう帰っちゃうの?夕食くらい食べていけばいいのに」 優しい母親である キョン「大変ありがたいですが、お気持ちだけ受け取っておきます。家族を待たせるわけにはいかないので」 ハルヒ母「あら、そう…ねえキョン君」 キョン「はい?」 ハルヒ母「(小声で)娘とはどこまでいってるの?」 いきなりで驚いたね。ちょっとは考える時間をくださいハルヒ母さん。 キョン「(小声で)え、ええっと…大丈夫です、決して変なことはしてませんから!」 こんな変な返答する俺も俺だな。考える時間がなかったからということにしておいてくれ。 ハルヒ母「(小声で)ふふ、本当キョン君って純粋ね。これからも娘をよろしく頼むわ。 あの娘、なんだかんだいってかなり無茶しちゃう娘だから…」 キョン「任せてください、ハルヒを…悲しませるような目には絶対あわせませんから!!」 ハルヒ「きょ…キョン??」 しまった、つい感情こもって大きな声だしちまった!ん?感情?もしかして俺、ハルヒのこと… ハルヒ母「こんな素敵な男の子がいてハルヒは幸せね♪」 ハルヒ「もう!お母さんがいると話がややこしくなるからあっち行ってよ!!」 ハルヒ母「はいはい、じゃあねキョン君」 キョン「はい、おじゃましましたー」 と言って外に出ると、ハルヒもついてきた。見送りにきてくれたらしい。 ハルヒ「な、何よ!?団長が団員を気遣って見送るのは当然のことでしょう!?」 最後の最後までハルヒらしいな。 キョン「今日はいろいろとありがとなハルヒ…」 ハルヒ「え?」 キョン「楽しかった、ありがとな!!」 ハルヒ「こ、こっちも楽しかったわよ!!あんただけにありがとうと言われる筋合いはないわ!! こっちもどうもありがとね!!!」 そう思いっきり言われると照れる。…今のこいつ、本当に幸せそうな顔してるな。 ってかいつまでもそんな顔されたらー 気が付くと俺はハルヒを抱きしめていた。 ハルヒ「きょ…キョン!?」 ハルヒは驚いてる、だけど俺はこの手を放したくなかったんだ。するとハルヒも抱きついてきてくれた。 ハルヒ「キョン…温かい」 キョン「…お前もな」 しばらく沈黙が流れる キョン「ハルヒ…やっぱ俺、お前のことが好きみたいなんだ…もう隠しようもないぜ」 ハルヒ「!!…やっと…やっとキョンと思いが通じ合った…」 俺たちはよりいっそう強く互いを抱きしめる。そして静かに口付けを交わした。 .………何分経ったのだろうか、とりあえず俺達は手を解いた。 キョン「…これからもよろしくな…ハルヒ」 ハルヒ「望むところよ!キョン!!」 こういう状況でも、すぐさま人一倍元気になれるハルヒはやはりハルヒらしい。見てるこっちも元気が出てくるってもんだ! キョン「今度はみんなも一緒にトランプしような」 ハルヒ「ええ、もっと楽しくなりそうね…♪」 Fin
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/6552.html
時が過ぎるのは早いもので、気が付けばもう9月上旬。 俺がこの北高に入学してからもう1年と数か月が過ぎ去った。 8月下旬になっても夏の残暑は獲物を捕まえたタコのようになかなか日本から離れなかったが、流石に9月になるともう秋だなと感じる日が多くなってくる。 SOS団も全力稼動中で、春先に起こったまさに『驚愕』の連続だった事件の後は、特に肝を冷やすような事件はなく、鶴屋家主催の花見や、夏合宿などのその他もろもろのイベントを消化し、そろそろわれらがSOS団団長で、神様というステータスを持つ涼宮ハルヒが文化祭におけるSOS団の活動内容について模索している頃だな… 今回はいったい何をしでかすのやらと、紫の上に先立たれた光源氏なみの憂鬱感を感じながら、もう慣れてしまったハイキングコース並みの通学路を通り教室へと向かう。 教室に入るとハルヒはちらっとこちらを見るとすぐに窓の方へ向き直ってしまった。 何か暇つぶしを思いついたときに見せる太陽拳をこえる眩しい笑顔を見せないところを見ると、 今日も平和な日常が流れるのだと この時は思っていた。 だってそうだろ? 『驚愕』の事件の後のイベントでは特に不機嫌になることもなかったし、むしろ物心つく前のガキのように騒いでいた。イベントがないときだって、大規模な閉鎖空間ができたなんて報告は古泉から聞かされなかった。 ハルヒは実際に現在の生活に不満は抱いてなかったのだ。しかし、ハルヒは今日、まさに俺を『錯乱』に陥れるような事件を起こす。 ――涼宮ハルヒの錯乱―― 俺が席に着くと、ハルヒは道端の小石に語りかけるようにこう言った。 「キョン、あんた、SOS団クビよ。今日からこなくていいわ」 あの~、ハルヒ君?君はなんと仰ったのですか? 「あんた、こんな日本語も分かんないの?クビって言ってんのよ」 「おいおい、なんでだよ?俺、なんか悪いことしたかよ?!」 「しらないわよ!うっさいわね!…もう話しかけてこないで」 教室の時間が、いや、全世界が停止した。 おいおいおい、待てって、なんなんだこの状況? 誰か分かる奴がいたら今すぐここにきて状況を説明しろ!! 俺はハルヒになんか変なことをした覚えはないし、先に述べたとおり、ハルヒに特に変わった様子はなかった。それにもうすぐ文化祭という、イベント好きのハルヒが闘牛のように飛びついて行く暇つぶし候補があるのだ…。 ではなぜ?…なんでこんなにも急に不機嫌になったんだ? いや、不機嫌どころか俺を退団させるって、どういう風の吹き回しだ?! 自分の不機嫌に俺を巻き込んでんじゃねえよ!! ハルヒの不機嫌の理由を考えているうちに午前中の授業が終わった。午前中に俺はハルヒが俺を退団に処した理由について一つの結論を出していた。授業中のハルヒのシャーペン攻撃がなかったおかげで十二分に熟考できたからな。 俺は、自分のはじき出した解答の答え合わせをするためにハルヒ以外のSOS団のメンバーを文芸部室に集めた。 「いったいどうしたのですか?あなたの方から僕たちを集めるなんて、珍しいですね?」 古泉は、困ったような0円スマイルを顔に張り付けている 「ああ、ちょっと厄介な問題が発生したもんでな」 「?涼宮ハルヒは、今のところなんの情報操作を行っていない。また、彼女には何の情報操作も行われていない。」 長門は首を右に1ミリほど傾げて補足する 「だろうな、今起こっている問題は何の力がなくても起こり得るからな」 「キョンくん?」 朝比奈さんは不安そうに俺を見上げてくる。 「今日の朝のHR前で、ハルヒに退団を命じられた」 全員の顔が凍りついた。俺は若干焦っていたなぜなら、俺が午前中に出した答えとは 『SOS団でキョンにドッキリを仕掛けよう!!』というものであった。 それならハルヒの朝の言動も理解できる。イベント好きなハルヒのやりそうなことだし、錯乱している俺をどこかで映像に残していて、文化祭で放映するとかなどというしょーもないことを考えていることもありえるからな。 この全員の表情も演技かもしれん。演技であってほしい 「みんな、今からの俺の問いに正直に答えて欲しい。これって、ハルヒが提案したドッキリかなんかじゃないのか?」 「……いえ、少なくとも僕は涼宮さんからそのようなことは聞いておりません」 「私も涼宮ハルヒからそのようなことは聞いてない」 「私もきいてないですぅ」 返ってきた答えは俺に奈落の底にある迷宮に落とされたような困惑を与えた。このようなハルヒがらみの話題に対して冗談を言うような奴らではない。まず、古泉から余裕の笑みが完全に失われ、青ざめている。朝比奈さんなんか失神してしまいそうだ。長門も表情こそあまり変わらないものの、動揺しているのはひしひしと伝わる。…ということは 「ええ、あなたの退団は涼宮さんの…」「わかった」 「ふぇ?キョンくん?どうしたんですか?」 「もう…いい」 俺は精一杯の笑顔を取り繕って 「今までありがとな、古泉、今まで散々悪態ついてきたけどお前の事、割と好きだったぜ?…男同士の友達としてだからな。長門、お前には助けられっぱなしだったな…恩返しできなくて、ごめんな?朝比奈さんも、あなたのお茶は天下一品でしたよ」 「…」 「…」 「…」 全員が長門譲りの三点リーダの沈黙をしたところで 「さようなら」 俺は部室を後にした。 はあ、慣れないことはするもんじゃない。自分でも、自分の笑顔が不自然だと分かった。 ハルヒのあの核融合全開の太陽のような輝きの笑顔に比べたら、俺の笑顔なぞ、向日葵のような太陽の眩しさに顔向けできるようなものでなく、せいぜい月下美人の花のように太陽のいない夜に咲く花くらいの輝きしかないのさ。…長続きしない面もそっくりだ。 …もうあの笑顔を見ることもないだろう。 そう思うと胸の奥に何かが突き刺さるような感じがする。 ……なんだろう、この感覚。 今まで味わったことのない…何とも言えぬ寂寥感、あいつから必要とされないだけでこんなになるなんて。でも、仕方ないな…ハルヒが…神がそう望んでいるなら……。 ……もしかして……いや、そんなことは、…でも……。 午後の授業も終わり、ハルヒは俺に声もかけずに教室を飛び出していった。その後ろ姿にいつもより勢いが感じられないのは俺の気のせいだろう。結局あれからなにも話をしなかったな俺は携帯を取り出し、ある奴に電話をかけた。 ――その頃・文芸部室―― これは困ったことになりましたね。まさか涼宮さんが彼を拒絶するなんて…。この事態に『機関』も恐慌状態です。彼が涼宮さんの精神安定剤のような働きをしていたのですから。 でも、涼宮さんはその薬の投与を自ら否定した。 今後、彼女の精神状態がどう転ぶかは 「まさに『神のみぞ知る』…ですね」 いま、文芸部室には涼宮さんと彼を除いた部員が集まっています。議題はもちろん『涼宮ハルヒの今後』について。 今回の事態に対して、『機関』『未来人勢力』『情報統合思念体』の3勢力は協力協定を結び、この事態の解析、及び今後の対策についての協議をすることとなりました。いままでいがみ合っていた勢力が協力関係を結ぶほど、今回のことは大事なのです。 「今回の出来事は、未来の規定事項から大きく外れているんです」 とは、未来人勢力代表の朝比奈みくるの言葉です。先の出来事で異時元同位体の朝比奈みくるによれば僕は上級要注意人物で、彼よりも禁則事項に該当する項目が多いはずなのですが、未来人勢力は今回特別に禁則を解除するそうです。 「本来ならばキョンくんはSOS団の団員その1の平団員として、高校生活を全うし、涼宮さんと同じ大学へ進学するはずだったのです」 最後まで、昇格なしですか…んっふ、彼は世界のために一番活躍しているんですがね 「その大学には、貴女や、僕、そして長門さんはいるのですか?」 「はい、大学に入った後もまだまだ不確定要素があるんです。それを消化するにはSOS団の存在が必要不可欠になんです。あっ、SOS団も結成するんですよ♪」 ですが、今回の出来事で、それが規定事項でなくなったと、 「そうですね…未来からもそれなりに大きい時空改変が観測されているらしいんです」 そうですか…、長門さん。今回のことに宇宙人は関与していないんですか? 「情報統合思念体からは何の報告も来ていない。彼にも言った通り、情報操作の痕も残ってない」 九曜周防らの『天蓋領域』からの干渉は? 「それもない。現在、天蓋領域には情報統合思念体の監視がある。九曜周防については前回の事件以降、天蓋領域に回帰している。」 ということは宇宙人も今回の事件には関与していないと? 「そういうことになる」 ということは、今のところ一番可能性が高いのは…… 「涼宮ハルヒが彼の退団を望んだということ」 「やはりそうですか…」 どういった心境の変化なんでしょうね……今までは彼が離れようとしても放さなかったのに… タッタッタッタッタタタタ… おや、涼宮さんが来たようですね。ではこの話はお開きにしましょうか ――何時もの喫茶店―― 4時半…約束の時間まであと30分もある。SOS団ご用達のこの喫茶店も、一人でいると違って見えるもんだな。俺がここに人を呼んだのは、俺の中に浮かんだもう一つの解答の答え合わせをするためである。だが、俺はこの答えが真実であってほしくない。だが……可能性はある。 俺が時間を待つ間、口がさびしいのでコーヒーを注文し、それを何も考えないまま啜っていると、ドアの鈴が鳴った。 ――カランカラン… 俺が呼びだした二人は俺を見つけると、一人は軽くお辞儀をし、もう一人は手を挙げ、席に座った。 「久しぶりだね、キョン。またこうして会えるとは思っていなかったよ。」 「お久しぶりです、キョンさん」 俺が呼んだのは、橘と佐々木の二人だ。悪いな、二人とも、学校の勉強で忙しいだろうに。 「くっくっ、水臭いよ、キョン。僕らは“親友”じゃないか。遠慮することはない」 「私も、前回といい、前々回といい、何度もご迷惑をおかけしてしまって…」 そのことはもういい橘、お前にまず聞こうか。 「なんでしょう?」 以前、佐々木こそが、ハルヒの能力を持つはずだった存在だといっていたよな? 「…はい」 前の事件から何か佐々木の能力に変化はあったのか? 「一応は…」 やはり…そうなのか? 俺の出したもう一つの解答は『ハルヒの能力が佐々木に譲渡、或いはコピーされたことにより、佐々木がハルヒに情報操作を施した』こと。自分の力を自覚した状態の佐々木なら、長門の目を欺くことも簡単だろう。 「なぜ、そんなことを聞くんだい?キョン」 「ああ、実はな…」 俺は今日あった出来事を話してやった。 「…それは……また急な話だな。だが、それが僕たちと何の関係があるんだい?」 「幻滅しないで聞いてくれ……俺は、お前がそうなることを望んだからではないかと思っている。」 「……なんで僕がそんなことを望むというんだい?」 「前回の事件の後、おまえと二人で話したよな?今回のことがあって、その内容を思いだしたんだ」 「そして気づいた……お前の気持ちに」 「…」 「すまんな…親友のくせに、気付いてやれなくて…俺はあの時『勘違いをすべき』だったんだ」 「………」 「だが…お前の気持ちにには答えられん……こればかりは、な」 「…………」 「…ひぐっ……うっく…」 突然、佐々木が堰を切ったかのように泣き出した。 わりぃ、突然でショックだったか? 「ああ、ごめん…ぐすっ…嬉しいの……キョンが、私を女としてみてくれたことが…んぐっ…私の気持ちに気づいてくれたことが…」 女言葉で話す佐々木は割かし可愛かった 泣いた佐々木が落ち着くまでに10分かかった。すると佐々木は何時もの口調で 「それで、僕がキョンといつも一緒にいる涼宮さんに嫉妬しているから君をSOS団から離そうと僕が思ったと考えたんだね?」 ああ、その通りだ。すまんな、下卑たこと考えて 「いや、いいんだ、キョン。ただ、信じてくれ。僕は“親友”として君の幸せを願っているんだ。君をSOS団から離そうと、ましてや涼宮さんを利用してなんてそんな外道なことはしない。」 ?…なんでそこでハルヒなんだ? 「…」 「…」 二人は上流階級のパーティーに紛れ込んできたホームレスを見るような目で俺を睨んできた… やめてくれ…泣きたくなっちまう 「「はああああああ」」 二人はマリアナ海溝よりも深いため息をついた 「キョン…君って奴は常に僕の予想斜め上を行く奴だな…」 なんだよ、俺は偏差値にしたら50ジャストの超普通人だぞ? 「じゃあ聞くが、さっきはなんで僕の告白を断ったんだい?」 それは…もしかしたら… 「言っておくが、僕には願望実現能力はないよ。ちなみに、もう閉鎖空間も発生していないらしい」 へ?どういうことだ? 「それは私から説明します」 橘が徐に話し始める 「前回の事件が終了し、現実世界に戻ってきたと同時に、佐々木さんの力は消滅しました。佐々木さんは元から一般人だったんです。能力に変化があったというのは、能力の消失のことです」 おいおい…冗談だろ? じゃあ、前回の事件はなんだったんだよ?!佐々木が神とかなんだとか… 「それは藤原さんが言った通り、自分の思い通りの未来を勝ち取ろうとした時に、都合のよかったのが佐々木さんだったんです。精神の強い方ですし、涼宮さんの『鍵』である貴方にかなり近い存在だったので……何より、力を自覚して使えるし…その藤原さんの陰謀を察知した涼宮さんが佐々木さんに力を与えたんです…一時的にね」 なんてこった……じゃあ俺に近い人物なら誰でも良かったのかよ?! …すまんな佐々木、変なことに巻き込んじまって。 「くっくっ、謝らないでくれ、キョンこちらとしては大変貴重な体験をできたんだ…むしろ感謝したいくらいだよ」 …そうかい。おっと、もうこんな時間だ。悪いな二人とも、時間とらせて今日はサンキューな。 「ええ、さよなら、キョンさん」 「また逢おう…親友」 「って、待ってくれ!!まだ僕の質問に答えてくれてないじゃないか!!」 ……そんなの、言わなくてもお前にはお見通しだろ?“親友”? 「!!!……ああ、そうだな」 ――文芸部室―― キョン君のいなくなった初日の部活、どうなるのでしょうね?…やれやれです 「みんな!!集まってるわね!!」 外面だけは何時もどおりですね。まるで何もなかったかのように… 「…まだ彼が来ていない」 「ん?…彼?…ああ、キョンのこと?あいつならもう来ないわよ。私から退団を命じたから」 ……まるで昨日のドラマの内容のように言ってくれますね………まあ、そこも彼女らしいといえるでしょう。 「そんな事よりも、今から文化祭で行うSOS団の活動内容を発表します!!」 「ちょ、ちょっと待ってください!!涼宮さん!!!」 涼宮さんの饒舌を止めたのはなんとあの朝比奈さんでした。 「どどどどど、うしてて、キョ…キョンくんをt」 「黙りなさい」 涼宮さんは窓の方を向いて仰いました。 思わず鳥肌が立ちましたよ。いやあ、こんな声も出せるんですね?涼宮さん。今の貴女は怒った時の森さん位迫力がありますよ? おやおや、朝比奈さんもあんなに顔を蒼くして…彼女でなくてもそうなるでしょうが 「金輪際、キョンの事を口にするのは禁止するわ。それと、団活に関わらずキョンと接触するのもだめよ。それが守れないものは…」 此方をくるっと向いて ケンタウロスさえ射止めてしまうような眼光で 「死刑よ」 何時も“彼”に言ってのけるそれとは違う、本当の意味での“死刑”を宣告されたような気がしました 「携帯の電話帳も、キョンの分を削除してもらうわ。…いいわね?」 ~一か月後~ ハルヒからSOS団の退団を命じられてから一か月。 SOS団という縛りがなくなった俺は放課後や休日の時間を持て余していた。最初の2週間くらいは谷口や国木田とつるんだり、クラスの女子と遊びに行ったりもした。 これが、俺が以前思っていた理想の高校生活だったはずなんだがな… 俺はすぐに物足りないと感じるようになった。何かにつけてSOS団のことを思い出し、女の子といるときにはなぜかハルヒの事を思い出す。 それらが嫌になった俺は、SOS団の事を忘れようと、ひたすらに勉学に励んだ。すぐに効果は出るもんじゃない。 だが、この2週間ちょっとで授業の内容は何となく理解できるくらいにはなっていた。俺もやればできるもんだな。 その間他のSOS団のメンバーからは何の連絡も来ていない。電話をしてもいつも留守電になっているし、例え校内で顔を見て、お互いに目が合ったとしても直ぐに逸らされ、話そうとしても取り合ってくれない…… これだけでも十分つらかった。今までの当たり前だった繋がりが何の前触れもなく断たれてしまうつらさは想像以上だった。 ハルヒが退団を命じた翌日、席替えがあった。 ハルヒは変わらず窓側最後尾。俺はハルヒの席から前に一個、右に二個という中途半端な位置に置きやがった……視界の端にハルヒが映る席だった。 それからはハルヒと話そうとしてもあいつは逃げていくように俺の前から走り去った話を聞いてもらおうとしても肩を掴むとローキック、腕を掴めば逆の腕から繰り出される裏拳。 正面から止めようとすれば ボディー → 頭突き → ドロップキック の3連携か、 ボディー → 回し蹴り → シャイニングウィザード の3連携だ。 体の傷よりも、心が痛むのは、俺の気のせいではないだろう。 放課後、いまだに部室に行きそうになる足の方向を下駄箱へと修正し、今日は勉強した後ランニングして体を鍛えてみるか、などと考えつつ、学校前の坂を下りて行った。 人通りの少ない所まで歩を進めていくと、 道路の反対側に朝比奈さん(大)がいた やはり来てくれましたか、朝比奈さん(大)。朝比奈さん(大)もこちらに気付いた。 十中八九、今回の出来事についてだろう。 さて今回はどうなる事やら朝比奈さん(大)が道路を渡ってくる。その刹那 バキィ…グシャッ 一瞬何が起こったのか分からなかった。必死に目の前の光景について理解しようとしていると ブチッ…ガラガラッ……ズンッ 俺は絶句した。 朝比奈さん(大)が角材の下敷きになっていたのだ柱の下から覗く鮮紅色の水たまり。 急に血の気が失せる感覚が襲い、あたりに吐瀉物をまき散らした。 なんで?なんでこんなことに…?……うっっ!! 『僕はあなたを救いたいんだ、姉さん』 『だめだ、いずれやってくる分岐の合流ポイントであなたは消滅する』 あの空間での藤原の言葉が脳内で再生される。 まさか…こんな時に… 俺は何も考えられなくなり、 目の前が暗転した ――古泉の自室―― 僕は今、『機関』が用意してくれているマンションの自室にいます つまるところ、今日のSOS団の活動を、涼宮さんは休止なされました。 そういえば、今日で彼が退団してからちょうど1ヶ月になりますね、彼はどうしているのでしょう? 本来ならば、彼を含めたSOS団全員の1日の行動は『機関』によって24時間監視されている はずなのですが、涼宮さんが部室で彼の退団を報告し、我々に彼との接触を禁じてからというものの彼の行動が掴みにくくなっているのです。最近では、もう彼が在宅しているときくらいしか 機関は彼を認識できていません。 もちろん僕も例外ではありません。学校で見かける以外、彼を認識できませんから本当は伝えたいことがかなりあるんです。 『機関』の一員として、そして、SOS団副団長として… しかし、如何せん涼宮さんがそれを阻みます。 学校で会うときは、彼の背後にいつも涼宮さんがいるのです。 まるで「口をきいたら死刑」という視線でこちらを睨んできます。 朝比奈みくる、長門有希も同様で、彼と接触できないでいます。 僕と朝比奈みくる、長門有希の3つの組織はすべて「静観する」という姿勢を見せています。 初めての出来事ですからね、慎重になるのも当然と言えるでしょう。 僕もこの意見には同意します。この1ヶ月、閉鎖空間も数回発生しました。 規模もそれなりで、『神人』の強さも並といったところでしょう。 しかし、その中で通常とは違う点が一つ…。 発生の原因が違うんです。 今までは彼の行動、挙動、言動に対して不満、不安、などの精神の不安定化が起きた時に発生していました。涼宮さんの力を狙った組織による事件の際も、普段とは違う発生の仕方でしたがそれも彼のためであって結局のところ、発生原因は彼に帰結するものでした。 けど、この1ヶ月で発生した閉鎖空間の発生原因はほかならぬこの僕だったのです。彼に学校で会おうと彼の教室に向かい、彼を見かけたとき、彼の自宅に行こうとしたとき、まさにその瞬間僕の携帯が振動します まるで、僕を彼に近づけたくないというように…。 彼女は第六巻の鋭い方です。おそらく、無意識下で僕の、彼への接近を遠ざけているのでしょう。 僕が閉鎖空間の原因になっている以上、これ以上涼宮さんの機嫌を崩すわけにはいきません。 僕の最大の任務は『涼宮ハルヒの精神の安定化』です。幸い彼も彼なりの普通の生活を行くっているようですし、これ以上彼にかかわろうとするのは、デメリットのほうが大きい。 彼への接近を一時中断しましょうか。 ……?おや?携帯が鳴っていますね? 『機関』のメンバーからですか…… ハイ… 彼の足取りがつかめた?今どこにいるんです? ……へ?病院? 今、僕は彼の入院した病院へ向かっています。 無論、朝比奈さんと長門さんも一緒です。僕が呼びました。 その道中 「長門さん、彼が病院へ搬送されたことについて、何かご存じありませんか?」 長門さんは、一瞬躊躇うようなそぶりを見せ、朝比奈さんのほうを見ました。 「ふぇ?」 「ある程度予測はできる。しかし、この場で話すことは推奨できない」 そう言うと、長門さんは口を紡いでしまいました。 「朝比奈さん、未来との連絡は?」 「えっ?えぇえと……辛うじてまだ連絡はつきます…けど……」 けど? 「私、時間移動ができなくなっちゃいました…」 それではあなたは元の時間に帰れないじゃないですか!! 「それはそうですけど…でも、この事件が解決するまでどのみち帰れませんし、帰れないならそれはそれでいいかなぁ、なんて思ったりもするんですよ」 その時僕は思った。ああ、朝比奈さんにとってはSOS団はもう故郷のような存在に、帰りたいと思う場所になっているのだと。等という会話をしていると彼のいる病院に着いた。 彼の身が案じられる。僕たちは病院内へ入ろうと自動ドアの前へと進みました。 その時 「あんたたち、何してるの」 聞き覚えのある声。 そう、我々の目の前にいるのはSOS団団長、涼宮ハルヒ、その人である。 「実は僕の親戚がこの病院に入院していらしゃるので、お見舞いに。お二方は今日は団活は休みだからと付き添ってくれたのですよ。僕もよく皆さんのことを紹介してるんですよ。いつかの機会にぜひ合わせてくれとも言っていたので、ちょうどよいかと思いまして」 僕はとってつけの言い訳をする。口が裂けても彼を見舞いに来たなどとは言えない。 「ふーん」 涼宮さんはさも信じられんという眼差しを僕に向ける。 「涼宮さんは、どういったご用件で?」 とっさに話題を変える。 「薬を処方してもらいに来たのよ」 涼宮さんは錠剤の入った袋を僕たちに向けてぶらぶらさせている。 「「「えっ」」」 長門さんまでも声を出して驚いてしまった……。 この薬は… 「ところで、古泉君?」 「は、はいぃ!!」 突然声をかけられ、思わず声が裏返ってしまった 「ぷっ。なによそれ」 涼宮さんがいたずらっぽく笑う…正直、たまりません……。 「お見舞いは、どうしても今日じゃなきゃダメ?」 「いえ、そういう訳では…」 「じゃあ、今度にしてくれない?」 え? 「せっかく団員みんな揃ったんだし、このままこの町で不思議探索しましょ」 …違う、『みんな』揃ってなどいない。この彼が欠けたSOS団など、朝比奈さんのおもうSOS団ではない。 「レッツゴー!!」 涼宮さんは、精神安定剤をバッグにしまうと僕の手首を引っ張って走り出した …ああ、神よ、……あなたは何をお望みなのです?
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2572.html
放課後部室で俺と古泉がオセロをし、長門が窓際で読書、 朝比奈さんがお茶の用意をしていると俺より先に教室を出たはずのハルヒが ドアから勢い良く登場した。そのままズカズカと入り込んで団長席に腰掛けると、 ぐるっと椅子を回して古泉に視線を向けた。 ハルヒの表情は新しい獲物を見つけたようにギラギラと輝いている。 あー嫌な予感がする。 「ねぇ古泉くん、土曜日川岸近くの遊歩道で一緒に歩いてた子って誰? 手繋いでたみたいだったけど、ひょっとして彼女?」 土曜日っていうと俺が古泉に頼まれて彼方此方振り回されてた日だな。 女になってショッピングしたり、昼飯食べたり、 狙撃されて逃げ回ったりと散々な目に遭った。 遊歩道ではクレープを食ったりしたな。食べ終わる前に襲撃されて、 古泉が慌てて俺の手を掴んで――ってソレ俺じゃねーか! 「御覧になっていたのですか」 少し驚いた顔をしてハルヒを見る古泉。 そりゃそうだな。俺達が狙われる原因であるハルヒが傍にいたんだから。 ん、待てよ。連中はもしかしてハルヒがいたから古泉を狙ったのか? 「ちらっと見かけただけよ。 なんか急いでるみたいで、すぐ二人ともいなくなっちゃったから。 で、どうなの? もしかして彼女って北高の生徒だったりしない?」 ハルヒも女の子らしく恋バナが好きなんだな。少し意外だ。 恋愛は精神病の一種なんて言ってたくせに、他人の恋愛には興味あるのか。 古泉はこのルックスだし、浮いた話が1つや2つあってもおかしくはないが。 「彼女はこの学校の転校生になるはずだった生徒です。 制服も購入して先日から学校に来る予定でしたが、 不幸にも地方に住んでおられるご両親が体調を崩されてしまい、 通学が困難となってしまった為に決まっていた入学を取り消されたのです」 は? 突然何言い出すんだコイツ。 それは対ハルヒ用に用意していたシナリオなのか。随分と用意がいい事だな。 「それは可哀想ね。でもその子に兄弟とか親戚はいないの?」 ハルヒが食いついてきたのをいい事に、演技がかった仕草で古泉は話を続ける。 「彼女は年の離れた妹さんがいらっしゃるそうです。 親戚の方々は相次いで亡くなられておりまして、 両親と妹さんの面倒を見るのは彼女しかいないのです」 ふぅと肩を落として落胆の意を魅せるところまで完璧だ。 釣られたハルヒは友達のように心配した表情を見せる。 「じゃあその子はお世話をするために転入を諦めたってこと? なんだか理不尽な気もするけど仕方ないわね。 でもなんで土曜日は一緒にいたの? ってか古泉君とどんな関係?」 それは俺も聞きたい。 「ちょっとした昔馴染みですよ。なにぶん急な出来事だったので 荷物やら全部こちらに置きっぱなしのままだったそうで、 土曜日に引越し手続きをするために戻ってきてたんです。 あの時は久々の再会でしたから昔語りをしながら散歩をしてたんですよ」 昔馴染みねぇ。彼女って言われるのは御免被りたいが ちょっとだけ残念だと思うのは俺の気のせいだな。うんそうだな。 「ふ~ん、それにしても可愛い子だったわね。 そうそう、ポニーテールがすっごく似合ってた」 そのポニーテールは古泉がやったんだ。 髪が邪魔だったからまとめてくれって言ったら 僕が好きな髪型にしますね、なんて言い出して。 俺もポニーテールは大好きだが、自分がやるとは思わなかったよ。 「彼女が聞いたらきっと喜ぶと思いますよ。 今度会う機会があれば伝えておきましょう」 今度どころか今聞いてるだがな。 何故か古泉は何のサインか知らんが俺にウィンクを投げてくるし。 だからその気色悪いのはやめろ! 男にやられても嬉しくねぇよ。 下校時刻になり、俺は古泉と2人で帰っていた。 ハルヒ達は駅前に先日開店したケーキ屋に行っている。 なんでも3人1組まで食べ放題らしい。 食欲魔人の長門とハルヒにはうってつけの話だな。 隣りを歩いている古泉はいつもより5割増しの爽やかスマイルだ。 「機嫌よさそうだな」 「そうですか? ふふ、そうかもしれません。 僕とあなたが恋人同士に見えたんですから」 ハルヒの話か。その時はお互いそれどころじゃなかったがな。 ん? 俺と恋人同士に見られて何で嬉しいんだ? だって、お前は俺が男だって知ってるだろ? 「ええ勿論知ってます。けど、今回ばかりは涼宮さんに感謝していますよ」 なんだそりゃ、俺はさっさと普通の生活に戻りたいね。 湯船から出たら冷水を浴びるのが習慣化してるし、 お湯に対して異様に警戒するようになっちまった。 ハルヒが望んだからこんな事になっちまった訳だが、一体何時まで続くんだろうね。 「さぁそこまでは。それより」 この手は何だね、古泉くん。 「握手してくれませんか?」 古泉が手を差し伸べてきた。何で今更握手なんだよ。 しかも俺は女の子よりお前と手を繋いでいる回数のほうが明らかに多い気がするぞ。 まぁ、握手くらいならしてやるけどさ。 「うお!?」 手を握ったと思ったら、今度は手をに引かれて 奴の胸の中へと無理やりダイブさせられた。 おいおい握手だけじゃなかったのか。 しかもこの体勢は図らずもあのデートの日と同じ状況ではないか。 あの時と違うのは俺が女の姿ではなく、生来の男の姿であることだけだな。 「古泉?」 台詞まで同じだよ。お前は最近突発的行動が多過ぎやしないか? 「やっぱり抱き心地が違いますね」 そりゃそうだろう。ガキの頃なら大差がないだろうが、 齢16になれば男女の体つきは大分違う。 同じって言われたら別の意味で泣くぞ。 「でも、同じ匂いがします。それにとても暖かい」 ぎゅっと腕に力が入る。古泉は俺よりほんの少しだけ冷たい気がした。 奴に抱き締められるのは嫌ではないが、 ここは往来なので誰かに見られるのではないかと気が気でない。 ホモカップルとして北高に噂が広がるのだけは何としても阻止すべきだろ。 俺が己の安泰な高校生活を送る為に無言で奴のブレザーを引っ張って抗議するが、 哀しいかな古泉は俺の意図を読んではくれなかったらしい。 それどころか俺の肩に頭を乗せると、耳元で 「僕は男性のあなたが好きなんでしょうか? それとも、女性のあなたが好きなんでしょうか。 わからないんです、2人のあなたのどちらが・・・」 と悩ましげに呟くと、古泉はいっそう強く抱きしめた。 息遣いや心臓の音がはっきりと聞こえる。 古泉の手が震えていることだって伝わっている。 俺は何て答えてやればいいのか分からないまま、されるがままに突っ立っていた。 ただ、そうだな。 古泉が答えを見つけるまでは、ハルヒの気が変わらなければいいと思った。 それまでに、俺もこの気持ちに対する答えを見つけておこう。 終
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/3713.html
いつものようにSOS団アジト唯一のドアはまるでSAT隊員に突入されるような勢いで開け放たれた。 もちろん蹴破ったのは我が団長様であり、他の団員はそんなことしないのである。 ハルヒはなにやら不機嫌な様子で団長席にあぐらをかいて座り、朝比奈さんに 「お茶!」 と、企業の上司が部下に使うような言葉遣いで命令を下した。 おおかた不機嫌なのは今日がやけに寒いからか、雨だからだろう。 それでも俺はこのピリピリした空気の緩和剤となるべく、ハルヒに声をかけた。 「おいハルヒ、今日はやけに不機嫌じゃないか、なにかあったのか?」 ハルヒは俺をキッと睨み、つばが飛んでくるような大声で 「外見なさい外!」 俺はこの雨は朝からだったので別段気にしていないが、 頭の中が年中からっ晴れはこの女には癪なことなのかもしれん。 「雨だな」 当然の感想なわけだが、ハルヒはなにやら呆れたようだ。 ふぃーっとため息をついて、こっちをジト目で見てくる。 「アンタねぇ、今朝の天気予報見てないわけ?」 「俺は朝はテレビ見ない派なんだ」 「じゃああたしが代わりに教えて上げるわ、今日はね、雪だって予報で言ってたのよ!」 「ほお」 俺の反応が乏しかったのかハルヒはさらにがなる。 「しーかーもー、朝から雪だって言ってたの!」 「それで不機嫌だと」 「そうよ! ここだと雪なんてなかなか降らないじゃない」 「確かにな」 もともと雪がふるような地域でもないし、仕方ないと思うのだが。 「雪が積もったらみくるちゃんを芯にして雪だるまつくろうと思ってたのにぃ!」 朝比奈さんが小さく悲鳴を上げた。 おいおい、そりゃ可哀そうだろう。風邪はひいちまうぞ。 「厚着してほっかいろ装備させればひかないわ、それにアンタも見たいと思わないわけ?」 朝比奈さんの雪だるま姿ねぇ……きっと愛らしいだろうな。うん。 「黙ってるってことはイエスね。あー、雪降らないかなぁ」 「どうだろうな、そのパソコンで見ればいいじゃねぇか、もしかしたら今日の夜降るかも知れんぞ」 「そうね!」 そう言ってハルヒはパソコンをつけた。 だがこの時間になっても振らないのだから半ば諦めていたらしい。 十分ほどしてスピーカーから音が流れた。 なんだか懐かしいの見てるなハルヒよ。開国してくださいよぉなんてもう何年前だ? クスクス笑うハルヒの面を横目に、俺と古泉はいつものようにボードゲームに興じた。 今日は人生ゲームのデラックスなやつで、俺は8人もの子供を抱える大家族になってしまった。 ただマス目に大不況到来だとかブラックマンデーだとかあるのはどうなんだ。 リアル過ぎではないだろうか。 結果は俺の勝ちだった。 古泉は最後の最後でテロに遭遇し、全財産の80パーセントを失ってしまった。 「テロに合わなけりゃお前の勝ちだったな」 「まったくです。次は勝たせていただきますよ」 「それは楽しみだな」 なんてちょっと小粋な会話を楽しんでいた俺達だったが、長門の本を閉じる音がした。 お、もうそんな時間なのか。 確かに時計をみるともう帰宅時間、といった頃合だ。 相変わらず精確だな長門は。原子時計でも内蔵してるんじゃないのか? 俺はイスから立ち上がって、コートを取ろうとしたときだ。 液晶とにらめっこしていたはずのハルヒが嬌声を上げた。 「雪が降ってるわ!」 振り返って窓の外を見ると、白い点々がフラフラと落ちていくのが見える。 だがさっきまで雨だったから、 地面に落ちた時点で溶けてしまいさぞかしグラウンドはぐちゃぐちゃだろうと思ったら、だ。 なんとグラウンドはまったく濡れていなかった。 雪がうすく積もり始め、茶色い地面がやや白がかっているではないか。 これは………と、古泉を見るとにやにやしている。 またハルヒの超能力が発動したらしいな。 まったくもって便利な能力だよ。なにせ天気まで変えちまうんだからな。 「明日は積もってるわね! みくるちゃん楽しみにしててよねっ!」 「は、はぁ~ぃ…」 力なく返事をする朝比奈さん。ご愁傷様だ。 「楽しみねー、キョン」 不意にハルヒが話しかけてきた。 と、おいおい長門に朝比奈さんに古泉よ、なぜ部屋を無言で出て行く。ちょっと待て。 しかしハルヒに返事をしなければならないので俺は止められなかった。なんてこった。 「ん? ああそうだな」 あーあ、これでハルヒと二人っきりだよ。 「アンタ雪合戦ってしたことある?」 雪合戦ねぇ……おもえば無いかも知れない。寒いのは好きじゃないんだよな。 「つっまんないわねー、雪といったら雪合戦でしょう! 石詰めたりして」 「それは危ないだろう……」 なんだコイツは。そんな危険なことやってたのかよ。 「冗談よ」 にっこりと笑うハルヒ。ちょっと可愛いな、なんて思ってしまった自分が憎い。 きっと明日の雪合戦では石入りのやつを投げてくるに違いないね。 「ならいいがな。さ、帰ろうぜ、みんな先に帰っちまったし」 「うんっ」 なんだ? やけに機嫌が良い。なんだか嫌な予感がするぞ? それとも雪が降ったのがそんなに嬉しいのか? 部室の明かりを落とし、戸締りを確認してから俺達は学校をあとにした。 雪は光を吸収するのか、この時間にしては道が暗い。 電灯がポツン、ポツンとあるだけで、その光景は神秘的でもあり不気味でもある。 遠くに見える街の光が、今日はいつもより美しく見えた。 隣を歩くハルヒは寒さですこし鼻を赤くしながら、雪を手のひらに積もらせたりしている。 高校生には見えないね。妹を思い出させるような無邪気ぶりだ。 「雪って冷たいわねー」 当たり前だろう氷なんだから。 「アンタってロマンとかそういうの持ってないわけ?」 アヒル口になるハルヒ。 「あいにくそういった感覚は持ち合わせてないんだ」 はぁ~、と大げさにため息をつくと、突然ハルヒは俺の手を握ってきた。 なんだなんだ? 俺の手で暖を取ろうって作戦か? そんな脳とは裏腹に素直にビートが早くなる俺の心臓。おいハルヒ、なんか喋れよ。 「あ、あんたにロマンってのを教えてやってんのよ」 街灯に一瞬照らされたハルヒの顔は真っ赤だった。 きっと寒さのせいだろう。いやそうに違いない。だが俺の顔まで赤くなるのはどういうわけだ。 恥ずかしさをまぎらわすために、俺はわざとそっけなく返事をした。 「ふーん」 いかん。ちょっと声が上ずった。余計に恥ずかしいぞ。 と、ハルヒが足を止めた。 「どうした?」 ハルヒは不安そうな顔でこっちを見上げる。 大きな目がいつもより潤んでいる気がする。 「アンタ…あたしと手を繋ぐのイヤ?」 そんな健気な声を出すんじゃないハルヒ! 思わず可愛いなお前、なんて言いそうになっちまったじゃないか。 「そ、そんなわけあるか!」 「じゃあ、嬉しい?」 「うっ……嬉しいに、決まってる…ぞ」 これじゃあクレヨンしんちゃんじゃないか。なんてかっこ悪いんだ俺よ。 途端ににっこり笑うハルヒ。 「これがロマンってやつよ!」 なんだよさっきのは嘘かよ。こいつの演技はどこまで徹底してるんだ…… 女優にでもなったらいい。可愛いし人気でるだろうに。 だけどこのままやられっぱなしなのは癪に障る。ここは反撃を繰り出してもいい場面だ。 「ロマンか……だけどなハルヒ」 「なによ?」 「俺はおまえと一緒に歩けるだけでロマンを感じてるよ」 ボン、ってな音が聞こえそうなくらい一瞬で顔を赤くするハルヒ。 これは面白い。 「そ、そ、そ、そうよ、あたしみたいな美少女と帰宅できるなんて、あんたは幸せ者だわ!」 噛みまくりどもりまくりのハルヒ。 「そうだな。俺は世界一の幸せ者だよ」 「あ、あたしも……だよ」 「ん? なんだ?」 「なんでもなーい!! 寒いから明日に備えて早く帰るわよ! 風邪引かないためにね!」 そういってハルヒは俺の手を握ったまま走り出した。 余計寒いぞ。 まぁ、幸せな気持ちなのは本心だから、嬉しかったりする俺がいるんだがね。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4056.html
結局その後、俺達は飲めや騒げやなんとやらで一晩中宴会場で騒いでいた 分かった事は喜緑さんは備中と呼ばれる城下町出身の飯綱使で、眼鏡の男の人と一緒に旅をしていると言う事ぐらいだ。 その眼鏡の人は自分の名前が分からないらしく、それを含めた全ての記憶を探す旅をしているんだとか ==宴会所・朝食== ハルヒ「ねえアンタ」 眼鏡の男「なんだね?」 ハルヒ「なにか呼ばれたい名前とか無いの?眼鏡の男じゃ違和感があるわ」 眼鏡の男「そんなものはどうでも良かろう」 ハルヒ「でも眼鏡の男じゃなんかあれよねえ…」 喜緑さん「う~ん、そうですね。あ、そういえば東の方の城下町では会長なんて呼ばれてますよ?」 古泉「会長とは?」 喜緑さん「私もよく分らないんですけど…『短筒を愛する会』と呼ばれる集りのまとめ役を会長と呼ぶらしいんです」 ハルヒ「決まりね!そっちの方が呼びやすいし!アンタこれから会長って呼ぶわ」 会長「お、おいそんな勝手に…」 キョン「まあ、いいじゃないですか。眼鏡の人より呼びやすいですよ。」 会長「…まあ呼ばれ方にはそう拘らん。それより君達は此れからどうするんだね?」 キョン「此処でもう少し掘り出し物を探してから…比叡山に行こうと思っています」 会長「比叡山だと…?あらゆる生命を司る神々の住む領域…人呼んで【神霊域】と呼ばれるあの場所へか…?」 キョン「ええ、あそこが一番手っ取り早く腕を鍛える事が出来ると思うんです」 喜緑さん「やめた方がいいと思います…あの洞穴は神の領域。私の母もあの地で命を…」 キョン「・・・・」 会長「好きにすれば良い」 喜緑さん「でも・・・」 会長「止めはしない。だがもう少し時を置いても良いんじゃないか?」 キョン「・・・?」 古泉「具体的にどうすれば良いのでしょうか?」 会長「相模天狗の森に行け」 古泉「!」 ハルヒ「何よその相模天狗の森っていうのは」 古泉「僕から説明します。この城下町を少し北へ行ったところに一際不気味な森があります。それを万民は『天狗の森』と呼びます」 キョン「なんだそりゃ?天狗と戦えとでも言うのか?」 会長「その通りだ。今の君達の力がどれ程の物かは知らん。だが相模天狗と言えば古来より伝承されてきた仙術を駆使する、いわゆる仙人だ。噂によれば、かなり好戦的とも聞く。経験に勝る知恵無しとでも言うべきか…比叡山に行くつもりならその前に寄ってみて損は無いだろう。腕試し、と言ったところか」 キョン「なるほど…わかりました。色々ありがとうございました」 喜緑さん「良いんです。久しぶりに楽しかったですし・・・そうだ!今日は皆様一緒に相模市場を周りませんか?」 ハルヒ「いいわよ!有益な情報を提供してもらったし人数は多い方が楽しいわ!!」 古泉「どうやら決まりのようですね。」 長門「・・・決まり」 うお長門! 今日初めて声を聞いたぜ あれ・・・朝比奈さんは? ハルヒ「みくるちゃんなら知らない女の子に連れられてどっか行っちゃったわよ。アタシも起きたところで寝ぼけてたから止められなかったのよね」 な、なんですとっ!? ==相模城下町・市場== ???「どうだいこのお茶っ葉!めがっさいい品じゃないかなっ!!どうにょろ?」 みくる「いい品ですぅ~これも買いですぅ!」 ???「はい毎度ありぃ!」 みくる「このお店は広くて大きくてどんなお茶っ葉でもありますぅ~凄いですぅ」 ???「相模市場の中でもこの鶴屋商店はめがっさ人気の店なのさ!刀、鎧、薬、食糧なんでもござれって感じだねっ!」 みくる「こんないい店に連れてきてくれて嬉しいですぅ。本当にありがとうございますぅ~」 ???「良いって良いって!うちの親父がやってる店だからねこれっ!」 みくる「ふぇえ~!?そうだったんですかぁ?」 鶴屋さん「そうそう!アタシのことは鶴屋さんって呼んでくれていいよっ!」 みくる「私は朝比奈みくるって言います。宜しくです鶴屋さん」 鶴屋さん「よろしくっ!」 会長「私も見たぞ。確か鶴屋商店の若い娘に連れられていったな」 ハルヒ「鶴屋商店?」 会長「相模商店の中で最大の権力を持つ鶴屋家の営む店だ」 キョン「とりあえずその鶴屋商店に案内してください!」 会長「うむ。急ぐのならば走るぞ。付いてこい」 みくる「あ、みなさぁ~ん」 鶴屋さん「ん?みくるの知り合いにょろ?」 みくる「旅の仲間なんです」 キョン「あっ朝比奈さん・・・・ぜえぜえ・・」 ハルヒ「あんた早いわよ・・・はあはあ・・」 会長「こっ・・・これぐらいの速度で無ければ走るとは言わん・・・」 喜緑さん「何気合い入れて走ってるんですか・・・もう・・・」 会長「き、気合いなど入れてない!」 喜緑さん「隠したってバレバレですよ~」 会長「ま、全く何を言っているのだか」 古泉「それより朝比奈さん、ご無事で何よりです」 長門「何より・・」 みくる「ふ、ふえ?」 鶴屋さん「そういう事にょろか~ごめんよーこの子があんまりにも可愛いもんだからつい手を引きたくなったのさ」 うほっ・・・いつか見た相模美人・・・ この店の人だったんだな 流石にいい店にはいい美人がいると言ったところか・・ しかし・・・朝比奈さんまでとは言わないが・・・大盛り・・・って何を考えているんだ俺は!? 話を聞くところによると、鶴屋さんは宿屋にある物を配達しに来たらしい その時に宿の入り口で寝起きの背伸びをしている朝比奈さんを見て何となく自分の店に連れて行きたくなったらしい 動機が素晴らしく無茶苦茶だな…この人は それから遠慮する俺達を遮り、鶴屋さんがお茶と団子を御馳走してくださった ハルヒも長門も鶴屋さんとは非常に気が合うらしく、まあこれはこれで良かったと思っている。 楽しい時間を過ごす内に、日はやがて傾き、俺達は宿に戻る事になった 長門も古泉も鶴屋商店で自分の買い物をすませたらしい さて、あと一つだな・・・ ==宿屋・キョン、古泉部屋== 朝、ゆっくりと顔を見せる日の出を見つめながら、俺は一つの懸案事項を抱えていた。 それは平泉の洞窟で手に入れたこの刀…鋼忍刀(義経刀)の事である。 キョン(なぜ抜けないんだ・・・?) そう、抜けないのである。 洞窟で一度抜いたきり、後から何度やっても鞘からこの刀を抜くことが出来なかったのだ 俺が足りない頭を動かして、必死に鞘から刀を抜く方法を考えていると古泉が起きてきた 古泉「…どうもおはよう御座います。どうかされましたか?何か思い詰めているような顔付きですが・・・」 キョン「ああ、少しな」 古泉「僕で良ければ御話を伺いますよ?」 古泉「成程…つまりあれから一度も抜刀していないと?」 キョン「ああ、手入れも出来ない」 古泉「昨日、鶴屋さんに少しお話を伺ったのですが、この町の外れに宗兵衛と言う名匠が住まれていらっしゃるそうです。その方なら何か分かるかも知れません」 キョン「そうだな。今日はそこに行ってみるか」 古泉「お供しますよ。涼宮さん達はどうされます?」 キョン「あいつらも連れて行こう。特にハルヒは愛用の双剣が欠けちまったらしいからな」 古泉「了解しました」 ==相模城下町付近・山道== 鬼道丸「あの民家か…」 影の軍中忍「そのようです。捉えますか?」 鬼道丸「その必要は無い。私は頼み事を行う立場にいる。成らば、剣術家として最大限の礼儀を払うべきは、この私だろう」 影の軍中忍「相も変わらぬ剣術家精神…感服致します」 鬼道丸「行くぞ・・・」 ===相模町外れ・山道寄り== キョン「あの民家がそうなのか?」 古泉「町の人の情報によると、そうらしいですね」 ハルヒ「早くアタシの双剣直してもらいたいわ」 キョン「先に俺の刀を説明するぞ」 ハルヒ「別にいいわよ。アタシは急ぎじゃないし」 みくる「ふ、ふえええ!」 ハルヒ「どうしたのみくるちゃん?」 みくる「あ…あれ…」 ハルヒ「へ?」 みくる「ほらあそこに・・・」 ハルヒ「…!あれは」 キョン「どうしたハルヒ?」 ハルヒ「キョン、あれって影の軍じゃないの?」 黒い忍者服に身を包んだ群衆…間違いない!! キョン「!!・・・確かにそうだ!」 ハルヒ「まさか…」 古泉「どうやら目的は僕達と同じあの小屋にあるようですね」 ハルヒ「何をしに来たのかしら?」 キョン「何でもいい!あいつらの事だから何か悪事を仕出かすに違いない!」 古泉「しかしその考えは聊か早計では…」 ハルヒ「あいつらは信長が動かす影の軍よ?いい事なんかする筈ないわ!!」 そうだ、あいつらが今までどんな事をしてきたか考えれば俺達が成すべきことは決まっている!! キョン「行くぞみんな!」 涼宮ハルヒの忍劇11
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5764.html
無事ではないような気はするものの、とりあえず進級を果たした俺たちだが、 これといって変わりはなく、いつものような日常を送っている。 今日は日曜日で、全国の学生は惰眠を貪っている頃だろう。 諸君、暇かい? それはいいことだ。 幸せだぜ。 俺は、暇になりたくてもできないんでな。 日曜日。 ハルヒが黙っているわけもなく、金を無駄にするだけの町内散策・・・ いや、不思議探索の日となった。 今日も既に全員集合ときた。 いいんだ、もう慣れたよ。 もう、奢り役となって一年も経つんだな。 「キョン!はやくアンタもくじ引きなさいよ!」 分かってるさ。 ハルヒの手に収まった爪楊枝を引いてみる。 印付きか。 周りを見ると、ニヤケ古泉は印なし、朝比奈さんも印なし、長門も印なしを持っていた。 つまり、ハルヒとってことだな。 「珍しいですね。あなたと涼宮さんのコンビとは。」 「・・・長門と朝比奈さん襲ったらコロスぞ。」 古泉はフフフと微笑んだ。 気持ち悪い。 マジで襲ったらシメてやるからな。 「よし!じゃぁ早速行くわよ!」 ハルヒは俺のコーヒーをズズズとすすると、伝票を俺に突きつけた。 「早く来なさい!ドアの前にいるから!」 「キョン君、いつもごめんなさい。」 「いえいえ。」 あなたになら、店ごと買ってやっても構いませんよ。 と言いたいが、そんな金はねぇな。 いつもの様に財布を薄くし、自動ドアを出た。 古泉他二人はもう出発したらしく、希望に満ちたハルヒだけが立っていた。 「おっそいわよキョン!気合が足りないわ!」 「なんの気合だよ。」 「あのね!不思議もそんな甘っちょろいもんじゃないんだから!第一・・・」 ハルヒは後ろ歩きをしながら、俺に話しを聞かせた。 おい、後ろ道路なんだぜ、ちょっとは注意したらどうなんだ。 と思った矢先、向こうの車線から、ものすごいスピードで車が走ってきた。 おい、ハルヒ、危ねぇぞ! 「え?なに言ってんのよキョ・・・」 車は、ハルヒのすぐ後ろに迫っていた。 考えている暇はない。 俺は自分の出せるだけの力で、ハルヒを遠くへ突き飛ばした。 視界からハルヒが消えると、車が目の前にいた。 ******* 感覚がない。 どこからかざわめきが聞こえる。 そして、耳元では、いつものあの声がしていた。 「・・・ョン・・・キョン!」 ハルヒが、顔面蒼白の面持ちで俺に寄り添っていた。 頭がガンガンする。 体もバキバキだ。 周囲の声も聞こえなくなってくる。 やっと分かった。 ああ、俺はきっと死ぬ。 何気なく見やった道路は真っ赤に血染めされていた。 俺の血だ。 ハルヒは助かったんだよな。 神様が消えることはなかったぜ、古泉。 長門の観察対象もなくならない。 ああ、でもせめて最後に朝比奈さんのお茶をー・・・ 「キョン!?だめ!目を閉じないで!開けて!」 そしてハルヒ、俺、楽しかった。 最期に、ハルヒと不思議探索しそこねたな。 楽しかったぜ、ハルヒ・・・ 突然、目の前が真っ暗になった。 闇にいる。 ただひたすら、漆黒の闇の中にいる。 キョン・・・ ハルヒなのか? お願い、目を開けて・・・ 俺は、開けているつもりなんだ。 どこにいる? どこで泣いている? キョン・・・! その声と同時に、世界に光が差し込んだ。 いつかの閉鎖空間のように、バリバリと裂けていく暗闇。 目の前に、ハルヒがいた。 「ハルヒ・・・!」 思わず、叫んでいた。 しかし、ハルヒの目は俺を見ていない。 涙が溢れるだけだ。 そして、俺の真後ろを、さも俺がいないかのように見つめていた。 いや、俺はいないんだ。 「キョン・・・!嫌よ!バカキョン!目、開けなさいよ!」 振り返ると、そこには俺が寝ていた。 蘇る思い出。 ここは、消失事件の病室だ。 そこに、俺が白い顔で寝ていた。 血なんてどこにも付いていない。 まるで、寝ているかのように・・・ 俺は、死んでいた。 そして、今の俺は、幽霊だ。 ついに、異世界人になっちまったか。 天国という異世界のな。 「キョン!」 「ぅぇっ。キョンく~ん!目を・・・目を開けてくださぁ~い!」 「・・・。」 「・・・。」 珍しく、古泉も無言だった。 いつものニヤケ面なんてどこにもねぇ。 みんな、俺を見ていない。 ただ、 ただ、一人だけ、 長門と、目が合った。 ****** 病室から団員が帰る時、長門は俺に 「私の家に来て。」 と、聞こえるか聞こえないか、の声で囁いた。 ドアに触れることはできない。 でも、壁を簡単にすり抜けられた。 幽霊って、どこに逃げても付いてくるって本当だったんだな。 そんなことを考えられるほど、俺は冷静だった。 軽々と長門のマンションの壁をすり抜けると、いつものように置物状態の長門がいた。 「長門・・・。」 「待っていた。」 「お前、俺のことが見えるのか?」 「そう。」 やはり、万能選手だ。 「あなたが今日この世界から居なくなるのは、規定事項だった。」 「なんで言ってくれなかったんだ?」 「私にその権利はない。権利を握っているのは、情報統合思念体。」 「朝比奈さんも言ってくれなかったぜ。」 「朝比奈みくるも、朝比奈みくるの異時間同位体も、それは禁則に該当する。」 やっぱりな。 そんな未来を左右すること、未来人が言ってくれるはずがない。 朝比奈さん(大)も。 「朝比奈みくるの異時間同位体からの伝言を預かっている。」 長門は、俺にファンシーな封筒を差し出した。 朝比奈みくる と丸っこい字でかかれた封筒。 いつだったか、下駄箱に入っていたっけ。 キョン君へ ごめんなさい。 私はそちらへ向かうことができませんでした。 ヒントもなにも言えず、本当にごめんなさい。 そっちの私を面倒見てくれて、ありがとう。 あなたがいたから、今の私があるの。 あなたに出会えてよかった。 朝比奈みくる 向かうことができない、てことは、来ようとしてくれていたんだな。 ありがとう、朝比奈さん。 俺も、朝比奈さんがいてくれてよかったです。 でなければ、あの消失事件で、この世界に戻ることができなかった。 いや、それ以前に三・・・いや、四年前の七夕に行かなかったら、 きっとハルヒにも出会えていなかったさ。 「俺、もう戻れないのか?」 「戻れる可能性はある。私もその可能性のおかげでここにいる。」 「どういうことだ?」 「私は一度、死を経験している。」 どういうことだ? 長門は、情報ナントカに製造された人造人間なんじゃないのか。 「私は以前、普通の人間だったという記憶がある。しかし、私は突然死に遭遇した。そこで彷徨い、偶然、情報統合思念体に出会った。 感情などの人間性を抹消し、データや情報統合思念体との連結を備え付けられた。 そして、涼宮ハルヒの観察を命じられ、今に至る。」 「俺には詳細が分からんが、お前は元幽霊ってことなんだな?」 「そう。以前、物語を書いた時に、それを題材に書いたはず。」 思い出すは、生徒会長に命じられ、無理やり作ったあの冊子。 幻想ホラーとい難しいお題の話を書いてたっけ。 どこかリアリティがあるのに、なんのことか分からないあの話。 私は幽霊だったのだ・・・みたいなこと書いてたよな? それって、長門、お前自身のことだったのか。 死んだ記憶だけを残されて、自分が何なのかも分からなかった長門。 自分の棺の上にいた人物・・・ それが情報統合思念体の一端末・・・ そこで長門は情報統合思念体と繋がり、自分を有希、と名付けたってワケだ。 「そう。ただし、あなたの可能性は、情報統合思念体と結合することではない。」 「じゃぁ、なんだ?」 未来人になって、TPDDを備え付けられるとか、 超能力者になって、あの神人を倒せ、とかか? しかし、長門はまた違うことを言った。 「あなたにとっての可能性は、涼宮ハルヒに必要とされること。」 古泉は以前、ハルヒは神だと言っていたっけ。 その神の力を最大限に利用し、生きろ、と言っているわけだ。 俺だって生きたいさ。 やり残したことだらけだ。 でも、俺が自分の意思だけを貫いたら、どうする? 俺が死ぬのは規定事項のはずだ。 俺が生きれば、未来にずれが生じるだろう。 また、朝比奈さんがベソかきながら走り回るに違いない。 ・・・俺だって、考えていないわけじゃないんだぜ。 「それはできない。」 長門は俺をじっと見つめたまま動かない。 「俺も生きたいけど・・・そんな、ハルヒの力を利用するなんてできねぇ。」 「そう・・・」 「死人は生き返らないんだ。」 長門はなにも言わなかったが、少し、悲しそうな表情をした。 長門には色々お世話になったさ。 朝倉に殺されかけたとこを、2回も助けてくれたんだ。 無限の八月を一人、記憶を持ったまま、助けも呼ばないで。 もっと、俺を頼ってほしかったさ。 なにもできなくとも、支えくらいならしてやれる。 「・・・ありがとう。」 長門は小さな声でそういうと、 本当に僅かだし、気のせいかもしれない。 でも、 少しだけ、笑った気がした。 「俺がこの世界に留まれるのは、いつまでなんだ?」 「涼宮ハルヒが望むなら、いつまでも。彼女には、あなたに対してやり残したことがある。」 「それを解明すればいいんだな?」 「そう。」 幽霊がいつまでも人間界にいていいもんじゃないからな。 「ただ、彼女がどんな非常識なことでも思ったことを実現させるということを忘れないで。」 「ああ、分かったよ。」 長門は、いつもの平坦な声で、更に続けた。 「あなたと私が話せるのは、最後。私はもうあなたを見ることができなくなる。」 「期限がある、ということなのか?」 「そう。その期限は、あなたがこの部屋から出るまで。」 えらい急な話だ。 いや、でも幽霊と人間がいつまでも話をするのは、変だな。 「うまく言語化できない。ただ・・・あなたには、色んな感情を思い出させてもらった。」 俺が? 長門に感情を? 「それらを全て、言語化するのは難しい。」 「俺でも、役にたったか。」 「感情が皆無だった私に、あなたはたった一つの光だった。」 「光・・・?」 「あんなに気にかけてくれたり、完結に言えば、大切な人であった。」 俺なんて、何もできてないぜ。 なんせ、何の能力もない凡人だ。 長門には、色々迷惑かけっぱなしだったのに。 「あなたと私がSOS団で繋がりを持てたのは、規定事項と信じている。 詳細は不明。でも、繋がりを持てて本当によかったと思っている。」 「俺も、長門と一緒に図書館に行けて、楽しかったぜ。」 また 図書館に 約束、守ってやれなくてごめんな。 「ハルヒを頼んだぞ。朝比奈さんと、古泉にもよろしく言っといてくれないか。」 「了解した。」 「あとのことはまかせろ。絶対に世界を終わりにしたりしねぇから。」 長門は小さくこくり、と頷くとそれ以上はもう何も言わなかった。 この壁をすり抜ければ、長門とはもう喋れない。 会えるけど、もう目を合わせることはできねぇ。 「じゃぁ、俺はもう行く。」 「そう。」 「じゃぁな、長門。」 長門は、もう一度小さく頷いた。 俺はそれを見届けると、壁をすり抜けた。 体が浮いていた。 情報統合・・・ナントカを、「くそったれ」と思っていたが、そうでもないかもしれない。 そいつがいなかったら、長門とは会えなかったからな。 もうすこし、お手柔らかにしてやってくれ。 情報統合・・・思念体。 ******* さて、ハルヒのやり残したこととはなんだろうね。 通夜にはたくさんの人が参列してくれていた。 「馬鹿野郎・・・なんで死んじまったんだよ。」 「キョン・・・最後まで格好よかったね・・・涼宮さんは、助かったんだから。」 谷口と国木田だ。 もう一度、バカやったり、一緒に弁当囲んだりしたかった。 「キョン君・・・寂しくなるよ・・・。」 いつもより元気が50割減になっている鶴屋さん。 あなたには笑顔のほうが似合ってます。 「うわぁぁぁぁん!キョンくーん!」 妹はわんわん泣き叫んでいる。 せめて、お兄ちゃんと呼んでほしいもんだ。 「キョンく~ん、寂しいです・・・」 朝比奈さんは、目を真っ赤に腫らせていた。 そんなに泣かないでください。 素敵なお顔が大変なことになっていますよ。 「残念です。すてきな仲間だというのに・・・」 古泉は、ニヤケ面をどこに置いてきたんだ、という顔をしていた。 すてきな仲間。 素直に嬉しいぜ。 「・・・・。」 長門は終始無言で、俺の遺影をじっと見つめていた。 「・・・・・・・・・・・・。」 そして、ハルヒは泣いていなかったが、目は腫れていた。 そりゃ、あんだけ泣いてたんだ。 団長さんよ、SOS団を頼んだぞ。 雑用兼財布係はもういない。 けど、世界を終わらしたりしないでくれよ、ハルヒ。 ******* 数日経てば、ハルヒの元気も戻るさ、と思っていたが、そうではなかった。 静まり返った文化部・・・SOS団の部室に、俺はいた。 誰とも目は合わない。 いつもの指定席に座るハルヒは、外をじっと見つめたまま動かない。 古泉もゲームを取り出すことなく、じっと一点を見つめていた。 まるで、全てが喪失してしまったかのようだった。 俺は・・・こんなSOS団を望んでいない。 ハルヒだってそうだ。 結局その日は、誰一人口を開く者はいなく、そのまま解散となった。 ハルヒの跡をつけてみた。 ハルヒの後姿はとても小さく見えた。 異変に気付く。 ハルヒ、そっちはお前の家の方向じゃねぇだろ? そっちは確か・・・俺が死んだ場所・・・ 予想は合っていた。 俺の事故現場には花がたくさん手向けられていて、ハルヒはそこに手を合わせた。 「キョン・・・キョンのバカ・・・なんであたしなんか庇って・・・」 バカ、て・・・ 「死んだなんて嘘よ!戻ってきて・・・お願い・・・。」 ハルヒ、しっかりしろ。 俺はもう死んでるんだぞ。 お前がしっかりしないでどうするんだ。 「うぅ・・・キョン・・・。」 ハルヒはその場に泣き崩れた。 街行く人たちが、ハルヒにちらりと視線を送っていく。 一番星が出ていた。 ****** 事件は早々に起きた。 俺は、急に意識が飛んだ。 幽霊に意識があるなんて、初めて知ったよ。 真っ暗な世界。 まるで、眠っているような感覚だった。 「・・・・ン・・・?キョン?」 聞き覚えのある声。 目を開くと、そこにはハルヒがいた。 すぐ、なにが起こっているのか、分かった。 灰色の空間。 いつかの、閉鎖空間。 神人はまだいない。 あの日目覚めた時と同じ場所。 「キョン!?どうして?生きてる、本物?」 「ハルヒ・・・。」 「バカ!どうしてあんな・・・!」 「ハルヒ。」 俺はハルヒの言葉を遮った。 ハルヒは、また、俺と2人の世界を望んだんだ。 戻ってきて・・・お願い・・・ この言葉は、本当のことになった。 長門は言った。 ハルヒの力を忘れてはいけない、と。 「俺は、死んでるんだ。」 「どうして!?今、現にここにいるじゃない!」 「ここは、夢なんだよ。」 「え・・・。」 「前にも、ここに来なかったか?」 丁度、一年前くらいか。 ここで、ハルヒとキスをした。 あれは夢という記憶になっているが、現実なのだ。 「え、キョンも同じ夢を見たの?」 「ああ。たぶん、ハルヒと同じ夢だと思う。」 「戻ろう。こんなところ、ずっと居るもんじゃない。」 手を引こうと、ハルヒに近づくと、俺はハルヒに引っ張られた。 顔がぶつかるのを、寸前で止めた。 「嫌よ。」 ハルヒは真剣な目をしていた。 こいつも、本気なようだ。 「あたしはあんたがいればそれでいい。ここであんたが生きれるなら、あたしはこの世界を選ぶ。 あんた、幽霊なんでしょ?天国の人、異世界人じゃない!私が探していた、最後の不思議。 そして、ずっと探していたわ。 ジョン・スミス」 俺は、驚いた。 ジョン・スミス。 なんでハルヒが知っている? 「あんたが死んだ日、夢を見たの。あたしが中学の時、校庭に書いたメッセージ。 それを書いた人よ。それ、あんただったのよね。あの時のあたしは、ジョンの顔が 見えなかったわ。でも、夢のジョンは、顔がよく見えたの。」 「な・・・」 「あたしを理解してくれて、あたしの初恋の人。」 「・・・」 「それが、あんたよ、キョン。」 つまり、ハルヒは夢で時間遡行をしたんだ。 全ての原点の4年前に。 そうか、その時から俺は異世界人だったんだな。 違う時空から来てんだ。 異世界人で間違いねぇだろ。 「もう、不思議なんて探さなくていいわ!あんたが最後の不思議だもの!」 「ハルヒ・・・。」 「嫌よ、あんたのいない世界なんて、価値はないの!」 ハルヒは、大きな目から涙をこぼした。 まるで、訴えるような目。 「キョン、あたしはあんたが好き。」 「!」 「ずっと、そうだった。精神病でも構わない。だから、お願いだから・・・」 ・・・ああ、俺だってそうだったさ。 自己中心的で、我がままで、無駄に元気で、笑顔が似合ってて、優しいハルヒをな。 「ハルヒ。」 ハルヒは目に涙を溜めたまま、俺を見上げた。 「俺は、元気なお前が好きだった。でも、今のお前は違う。」 「・・・。」 「SOS団だって、元気のカケラもねぇじゃねぇか。」 「あんたがいないから・・・。」 「俺は、こんな世界望まない。」 俺はその場にしゃがみ込み、ハルヒを見上げた。 「SOS団はどうなるんだ?せっかくあそこまで仕上げたのに。 ハルヒ、まかせてもいいよな?」 「あたしをなんだと思ってるのよ、団長様よ?でも、あんたがいないのは嫌。」 「俺は死んでる。死んだ人は生き返らない。」 ハルヒの目から落ちた涙が、俺の顔に落ちた。 あったけぇ。 「大丈夫だ。俺は待っている。何年でも、いや、何十年でも、何百年でも。」 「・・・。」 「お前はゆっくり来い。大丈夫だから。」 「・・・待ってないと、死刑だからね。」 死刑は嫌だからな。 俺は、ハルヒを連れて校庭の中心へ行った。 神人はいない。 青白い世界。 こんな世界より、ハルヒには希望に満ちた元の世界で生きてほしい。 「ハルヒ・・・好きだ。」 「あたしも、好き。」 ハルヒの小さな肩に手を置く。 「俺は・・・ ここにいる。」 ハルヒの涙だらけになった顔が近づき、俺はハルヒにキスをした。 一年前のように、嫌々なんかじゃない。 俺も、ハルヒも望んでいる。 元気なハルヒが大好きだった。 引っ張られっぱなしのあの日常も、俺は大好きだったさ。 やがて、目を閉じていてもまぶしいくらい、周りが明るくなった。 元の世界が閉鎖空間と入れ替わる。 それと同時に、光も消えていった。 その光と共に、俺の体も消えた。 ハルヒ、大丈夫だ。 俺は、ここにいる。 *お*わ*り*
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2337.html
今日も部室とうへと足を運ぶ。 ここに足を運ぶことが日課になってしまった自分がちょっと忌々しい。 「うひゃあ…あ…や、やめてくださぁ~い……」 「みくるちゃん!はやく着替えるのよ!!!」 あの馬鹿…またやってやがる 今日という今日は止めなくては。 バタンッ 「ハルヒ!またやってるのか!いい加減にしろ!!!朝比奈さんが嫌がってるだろう!」 「み…見ないでくださ~い…」 「何よキョン!あんたは雑用係なんだから団長に反抗する権利はないわよ!!!」 朝比奈さんすいません、バシっと言わせてください。 このままではあなたはずっとハルヒの言うとおりにさせられますよ。 「何言ってるんだ!団長なら少しは団員の気持ちも考えろ!朝比奈さんがかわいそうだろ!!!」 「うるさいわよ!団長の言うことはちゃんと聞くのが団員なの!!!団長への反抗は許されないわ!!!」 「朝比奈さんの気持ちも少しは考えろって言ってるんだ!!!仮にも上級生だぞ!朝比奈さんはお前のおもちゃじゃない!!!」 「何言ってるのよ!!!みくるちゃんは私のおもちゃよ!!!」 このとき生まれて初めて、「頭に血がのぼる」というのがわかった気がする。 目の前が真っ赤になった。 このクソ女、何が団長だ、ふざけんな。 「このやろ……!!!」 俺の手を誰かがきつく握ってやがる。 誰だよこの野郎。手を離せ馬鹿。この女は殴られなきゃわかんねんだよ。 振り返ると、そこには俺の握った拳を押さえている古泉がいた。 俺は無意識のうちにハルヒを殴ろうとしていた。 「少し落ち着いてください。あなたらしくないですよ。」 ハルヒは少し驚いたような表情で俺を見ていた。 朝比奈さんは半泣きしながらも、今のこの状況に驚きを隠しきれない。 「ちょっときてください。」 古泉は少し強い力で俺の腕を引っ張って部室とうから出て行った。 「今の行動はあなたらしくないですよ。一体どうしたのですか。」 俺もやっと少しずつ冷静になってきた。 「もしもあの時あなたが涼宮さんを殴っていたら、SOS団は崩壊していましたよ。そしたら涼宮さんも機嫌が不安定になる。そうするとまたあの例の閉鎖空間を生み出してしまうというわけです。少し冷静に考えてください。」 「すまなかった…反省するよ…」 「また涼宮さんと仲を取り戻してくださいよ。あの空間の拡大を抑えるためにも。」 「ああ…わかったよ…」 バタン ドアが激しく開いた。 「今日はもう帰るわ!!!」 そのままハルヒはズカズカと帰っていった。 朝比奈さんは元の制服姿に戻っていた。 次の日 俺が教室へ入ると、ハルヒは俺と目を合わせようとしないでずっと窓の外を見ていた。 俺もなんとなく顔を合わせにくい。 俺はそのままハルヒの前の席に座った。 無言 とにかく気まずかった。 授業が始まっても、俺もハルヒも話をすることはなかった。 いつもならたえず後ろからペンでつつかれて、今日の部活は何をしようかとかをハルヒのほうから話かけてくるのだが、ハルヒはずっと窓の外を見たまま目を合わせようとしない。 そんな気まずい雰囲気の中、とうとう4時限目が終わり、昼休みとなった。 そこで俺は勇気をふりしぼり、学食へ行こうとするハルヒに話しかけた。 「ハ……ハルヒ」 「な、なによ」 ハルヒは少し慌てたような表情を見せた。俺と目を合わせようとしない。 そんなハルヒを見ていると、俺も少し顔が熱くなってくる。 「そ…その…なんだ…き…昨日は悪かった。謝る。ゴメン」 「わ…私のほうも少しやりすぎちゃったわ。あんたの言ってることは正しかったわよ。ごめんなさい。」 ハルヒに謝られたのは初めてだ。 そんな少し申しわけなさそうなハルヒの表情はけっこう可愛かった。 「その…俺、今日弁当持ってきてないんだ。今から学食行くんだったら、一緒に食べないか?」 「うん!そうしましょう!」 最高の100万ワットくらいありそうな笑顔だった。 考えてみると、もしあそこで古泉が止めてくれなかったら、ということを想像するとゾッとする。 今回は古泉にも感謝しないとな。ありがとよ、古泉。 END
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/4798.html
はじめに ・文字サイズ小でうまく表示されると思います ・設定は消失の後くらい ・佐々木さんとか詳しく知らないので名前も出てきません ・異常に長文なので暇な人だけ読んで欲しいです ・投下時は涼宮ハルヒの告白というタイトルで投下しましたが、すでに使われていたので変えています ・誰時ってのは黄昏の旧漢字……らしいです 多分 では、のんびりとどうぞ 学校行事に書き込まれていたテスト週間も無駄な努力と時間の経過によって無事終了し、晴れ晴れとした寂しさだけが残った週末。 テスト期間にあった祝日をむりやり土日に繋げてできた取って作った様な連休に、テストの結果に期待しようも無い俺は心の安息を求めていた。 この不自然な形の休日に教師といえども人間であり、生徒同様たまにはまともな休みが欲しかったなんていう裏事情には気づかない振りをするのが 日本人らしくて好ましいね。 しかし、テストが帰ってきて偏差値などという価値基準が俺に付与されれば、日本経済の実質成長率の如く一向に上がる気配を見せない俺の成績に 母親は表情を暗くするのは想像に難しくない。 でもまぁ、今は人事を尽くした者として大人しく天命を待てばいい。 休むべく作られた休日ってのを謳歌してな。 放課後の帰り道、ハルヒによって明日の休日初日から呼び出されているという事を踏まえても俺はずいぶんのんびりとしていた。 それは長門の一件が解決したばかりだったという事もあるが、最近のハルヒはあまり無茶をしなくなっていたってのもある。 ……そんな俺の考えは煮詰めた練乳並みに甘かった事を、俺は数日後に思い知る事になり今に至るというかなんと言うべきかね。 ともかくだ、天命って奴は人事を尽くしたくらいじゃ変えられないらしいぞ。 涼宮ハルヒの誰時 「急に呼び出したりしてすみません」 そう言って軽く頭を下げた古泉の顔には、驚いた事にいつもの営業スマイルがなかった。 そもそも目的地があるのか無いのか、もしくは現在考え中なのかすらも定かではない黒塗りタクシーは俺と古泉を後部座席に乗せて軽快に夜の街を走っていく。 この車に乗るのも古泉に呼び出されるのも久しぶりの事だ。 最近はハルヒも落ち着いてきたと思ってたんだが、また何かあったのか? 一応はそこそこに一般常識があるはずの古泉の事だ、俺を深夜に呼び出す理由なんてハルヒ絡み以外には想像つかない。 「当たらずも遠からずって所ですね……これからお話する事は確定した事実ではなく、あくまで仮定に過ぎないという前提で聞いてください」 随分もったいぶるじゃないか。わかった、仮定の話だと思って聞くよ。それで? 「僕が以前お話しした、涼宮さんに望まれたがゆえに僕達の様な超能力者が生まれたという話は覚えていますか?」 ああ。残念ながらなんとなくは覚えている。 あの夢物語の事だよな、この間妹が見せにきた絵日記に似たような内容があって焦ったぞ。 「あれから我々も世界の破滅を防ぐ為にと色んな勢力と情報交換を繰り返してきました、その結果一つの結論に辿り付いたんです」 結論ねぇ。聞こうじゃないか。 俺のリアクションに期待でもしていたのだろうか?古泉は次の言葉をやけに芝居がかった感じで言い切った。 「あなたです」 は? 「あなたが全ての始まりであり終わり。それが機関の暫定的な結論です」 ……古泉。 「はい」 そんな冗談を言う為に俺をわざわざこんな深夜に呼んだのか? 俺はこれから、明日の休日にハルヒが無茶をするのに備えてぐっすりと寝ってやる所だったんだぞ。 「冗談です、と言いたい所ですが機関は本当にそう考えているんです。僕としてはまだ半信半疑といった所ですが、信頼すべき部分もあると」 やれやれ、俺はただの一般人だって保障したのは確かお前じゃなかったか? 「あの時点では確かにそうでした、しかしその後の貴方の行動によって過去に新たな確定事項が出来た事により、事情は変わってしまったんです」 何を馬鹿な……まて、過去が何だって? 「はい。貴方は朝比奈みくると過去へ行き、過去の涼宮さんと出会った……そうですね」 あれ、お前にその事を言ったか?……まあいい、確かにそうだ。 「その出会いそのものは問題ではありません。問題なのは、あの時貴方が会った涼宮さんは、それより前の時間にはどこにも存在していないんです」 古泉、日本語で頼む。 「僕も詳しい事はわかりませんが、推論で言えば貴方が過去へ行った事で涼宮さんは誕生した。つまり、涼宮さんは貴方が創り出したという事になりますね」 営業スマイルを何処かに置き忘れたらしい古泉は、真面目な顔でそう言い切る。 ……お前、正気か? 「僕はいつでも、そこそこに正気のつもりです」 だったらよけいに性質が悪い。 長門でもハルヒでもない俺が、人間なんて作れると思ってるのかよ。 「確かに最後の部分は僕の推測です。ですが、機関が接触している長門さんとは別の統合思念体の組織によって、涼宮さんがあの日校門の前で 貴方に出会うより前の時間に存在していない事は確認されているんです。さらに言えば、我々機関の人間がこの超常の力を手に入れたのも 貴方が涼宮さんと過去で出会った日と同じ日。今となっては確認する方法はありませんが、貴方が涼宮さんに北高であったあの日まで、 涼宮さんはどこにも存在していなかったのかもしれませんね」 これ、笑う所か?そう思いたいのだが、残念ながら古泉の顔は至極真面目ときてやがった。 わかったわかった、お前のその意味不明な話が全部正しいとするさ。それで、何故そんな話を俺にする?論理ゲームなら長門とやってろよ。 お前は以前、ハルヒには何事も無い人生を送って欲しかったと言ったじゃないか。 最近はあいつも大人しくなってきたのに、俺におかしなロジックを吹き込んでまでわざわざ不確定事項を探してどうするんだよ。 「……確かにそうですね、僕が話している事は自分でもとても危険な事だと思います。ですが、その先に待つもっと大きな危険を回避する為に 貴方にはどうしても話しておかなければならない。このまま、僕の話を最後まで聞いてもらえればその事についてもご理解頂けると思います」 その先に待つ危険ねぇ……。 俺は明日、ハルヒが何を言い出すか考えるだけで手いっぱいなんだがな。 「統合思念体によれば、数年後のこの世界に朝比奈みくるは居ません」 ……それは……寂しいが仕方ないんじゃないのか?忘れがちだけどあの人は未来人なんだ。 っていうかそれは秘密にしておいて欲しかった。 でもまあ数年後って事は、高校に居る間は一緒に居られるって事か……そういえば朝比奈さんは俺達よりも先に卒業する事になるが、進学するんだろうか? 俺のお気楽な考えをよそに、古泉は深刻そうな口調で続ける。 「それだけではありません、長門さんも僕も、涼宮さんも居ないんです」 は? って、今日2回目か。 「SOS団のメンバーで最初に涼宮さんと出会ったのは貴方。SOS団が発足するきっかけになったのも貴方。数年後のこの世界に残っているのも貴方だけ。 ここまでくれば疑う余地もなく全ての原因は貴方である。以上が機関の結論です」 ちょっと待て、今話してる事は本当なのか? 「…………」 古泉。 俺の問いかけに、何故か古泉は苦しそうな顔で視線を外した。 「僕からこれ以上お話しても貴方は理解も納得できないと思います。ここから先は長門さんに聞いてみてください」 長門? なんでここで長門の名前が出るんだ? 「我々の掴んだ情報通りならば、長門さんにも未来の自分と同期する事ができるはずです。それを使えば、何年先まで自分が存在しているかがわかるはず」 ……そこまで知ってるのか。 久しぶりに嫌な予感がする。何かが起こりそうだが、結局俺には何もできないで終わる事になりだというなんとも疲れる予感だ。 「混乱させてしまってすみません、僕も正直心の整理ができそうにありません。ですが、このまま何もしないで破滅の時を迎えるよりは、 とにかく行動したほうがいいと思ったんです」 まるで朝倉みたいな事を言うんだな。 「え?」 いや、こっちの話だ。気にするな。 会話が途切れるのと同時、まるで事前に何度もリハーサルをしたかのようなタイミングでタクシーは長門のマンションの前に止まった。 深夜のマンションの廊下は当然ながらまるで人の気配がしない。 もしも巡回中の警備員に出くわして、何をしているのかと聞かれたらなんて答えればいいんだろうね? 超能力者の予言による世界崩壊の危機を回避するための助言を宇宙人に聞きに来たんです。とでも言えばいいのか? まったく、間違いなく救急車を手配してもらえるだろうよ。 以前長門から聞いた暗証番号を使ってマンションに入ることができた俺は、そのまままっすぐ長門の部屋へと向かった。 冷たいインターホンを押すと、呼び出し音の後には無音の静寂が続く。 その無音の中に長門の気配を感じて、俺はマイクに向かって話しかけてみた。 俺だ、夜遅くにすまないがちょっと話をさせて欲しい。 もしかして寝てるか?普通なら誰だって寝てる時間だしな。 数秒後、インターホンには何の返事も無いままで部屋のロックは小さな音を立てて外れた。 扉の向こうに居た長門は深夜だというのに何故か制服をきたままだった。……なんでだ? まあいい、深夜だし古泉ならともかく長門に迷惑をかけるのは気が引ける。 部屋にあがらせてもらった俺はさっそく、さっき古泉から聞いたとんでも話をそのまま長門に伝えた。 と、いう事なんだが……。古泉が疲れてるだけだよな? 個人的には「妄想、精神的疲労による軽度の錯乱状態」って返答を期待したいんだがどうだろうか? しばらくの沈黙の後、 「……古泉一樹の所属する機関は、確かに私以外の統合思念体の端末ともコンタクトしている。統合思念体の中には未来の情報を伝える事で、 自立進化に関わる不利益を回避しようとする派閥が存在する」 そんな事ができるっていうか、許されるのか? お前の上司ってのがそこまで無茶苦茶な連中だとは思ってなかったぞ。 「許されない。未来への干渉は、結果的に得られるはずだった自立進化の可能性を消失してしまう可能性がある」 何にしろ自分中心って事か 「そう。本当に統合思念体が未来の情報を漏らしたとしたら、それは自にとっての危機的状況を回避する為に他ならない」 ……統合思念体の危機?そうか、以前長門は。 「以前私がそうしたように、統合思念体の存在が何者かに消去されその状態が回復される事がない未来を見つけたのかもしれない」 ……それってつまり、自分が消されそうになるならその歴史を改竄する事もありえるって事なんだろうか? それならあの時の長門も何かされてもおかしくなかったって事じゃ。 あ、それとも結果的に自分が元通りになるってわかってたから何もしなかった……駄目だわからん。今はとにかく現状の事だけ考えよう。 長門、古泉が言った未来との同期ってのをしてみてくれないか? 「……」 肯定も否定でもない、無機質な視線が俺を見つめている。 あいつは数年後の未来にお前も朝比奈さんも、古泉もハルヒも居ないって言った。つまり十年以上先の未来のお前と同期できたら、あいつの言ってた事は 全部思い過ごしって事だろ? 「……申請してみる」 すっと長門の視線が天井の特に何もないはずの部分に固定され、俺はしゃみせんが時々そうしているのを思い出していた。 あれって何を見てるんだ?もしかして、猫はみんな情報思念体とアクセスできる……なわけねーか。いや、どうだろう。 数十秒程の沈黙の後。 「だめ」 その返事は俺を安心させる物ではなかったが、とりあえず不安にさせるものでもなかった。 しかし、問題はこの後に続く言葉だった。 「一年後の未来に同期すべき私は存在しない。更新できたのは、3日後の自分まで」 古泉のとんでも話より、もっととんでもない話が俺を待っていたらしい。 「私の存在は3日後の21時57分に消失する。その時刻には、朝比奈みくる、古泉一樹、涼宮ハルヒの3人もこの世界に存在していない」 3日後って……数年先じゃなくて今週のか? 「そう。貴方だけが残る」 ……まてよ、そんな事になったら未来の朝比奈さんはどうなるんだ?3日後に今の朝比奈さんが消えてしまったら……あ、そうか。 3日以内に未来に帰ってしまうだけって事だよな。 朝比奈さんが生まれるのがもっと先の未来なら、数年後の世界に朝比奈さんが居なくても不思議じゃない。 「違う。朝比奈みくるの存在その物が消える」 存在その物が消えるって…… 「この時間軸に存在する朝比奈みくるも、異時間同位体の朝比奈みくるも確定した未来の存在ではない。このまま時間が続けば、存在する事になったはずの 暫定的な存在」 待ってくれ、俺にはさっぱり理解できん。 ……そうだ長門! お前は自分が消える直前までに起きる事をみんな知ってるんだな? 俺の言葉に長門は頷く。 ルール違反を指摘したばかりだとか言ってる場合じゃない、これが非常事態じゃないなら何が非常時だっていうんだ! だったらそれを教えてくれ!それさえ分かれば危機が回避できるから、未来の情報を流したりするんだろ? 「できない」 できないって……。 「貴方が異時間の情報を古泉一樹から聞いた時点で、歴史に差異が生まれた。21:57に消失する未来も予測される未来で確率が高いと思われる一つであり 確定された物ではない。これから先に起きる出来事は、もう誰にもわからない」 ……なんとなく、居るんじゃないかと思ってましたよ。 「キョン君」 教えてください、知っている事を全部。 「はい、私に話せる全てをお話します。これが、キョン君と会う最後なんだから」 長門のマンションの外で俺を待っていたのは、寂しそうな顔をした大人の朝比奈さんだった。 何も言わない朝比奈さんについていくと、やがていつも俺達が集まる時に使っている駅前の小さな広場に辿り着く。 駅前は深夜だという事を考えても不思議なくらい人影もなく、町は俺達以外に誰もいなくなってしまったのではないかと思う程に静まり返っていた。 「明日の朝、ここにみんなが揃って涼宮さんがSOS団の解散を宣言します」 は? 今日は何回驚かされればいいんだ?……そろそろ勘弁してくれ。 朝比奈さん……それってマジなんですか。 俺の言葉に、朝比奈さん(大)は何故か微笑む。 「はい、大マジです。そして、キョン君は涼宮さんに告白されて恋人になるの」 は? 思わずまた大きな声が出てしまった俺を見て、朝比奈さん(大)は嬉しそうに……って今なんて言いました? 「……ショックだったな。なんて、今更ですけど」 や、やだなぁ。こんな時に冗談言わないで下さいよ。 動揺する俺を前に、朝比奈さんは淡々と話し続けた。 「涼宮さんの告白のセリフもキョン君の答えも全部知ってます。知ってるのに、私は存在しなくなるなんて不思議な感じ」 不思議な程、朝比奈さん(大)の言葉は落ち着いていて、それとは反対に俺は状況把握に必死だった。 えっと、みんなが数年後に消えてしまうと思ったらそれは実は3日後で、それはよくわからない宇宙理論で回避できないらしくて、SOS団が明日解散して ハルヒが俺に告白する? どこから突っ込めばいいんですか、これ。 「そして3日後、2人は初めて結ばれて……みんな消えるの」 追い打ちかけないでくださいよ! と叫びたかった。 言葉ってのは凄いな、この時の俺はハルヒに襟首を引っ張られて机に頭を叩きつけられた時よりも動揺していた自信がある。 何で、何でそんな事になるんですか?意味がわかりませんよ。 「それは……私には言えないの。ごめんなさい」 自分が消えるかもしれなくても言えない事ってなんですか?なんて言える空気じゃない。 寂しそうな声で謝る朝比奈さん(大)にそれ以上何を聞いていいのか、俺にはわからなかった。 ――どちらからともなく木製のベンチに座った俺達は、暫くの間無言だった。 でもまあ悪くない沈黙だったと思う。 俺は少しでも頭の整理がしたかったし、朝比奈さん(大)も何か考えているようだった。 ベンチの冷たい感触が無くなってきた頃、 「……キョン君、子供の頃の思いって純粋だと思わない?」 急にどうしたんですか? 優しい声で話す朝比奈さん(大)は星も見えない夜空を見上げたまま、話し続けていく。 「架空の存在ですら心から信じられる、子供ってそんな純粋な心を持ってる。キョン君も信じてたのよね?宇宙人に未来人、正義の味方に超能力者。 年を重ねて現実を知るにつれてそれを信じなくなってしまったけれど」 ……あ、あれ?俺、そんな事話しましたっけ?やだなぁ、忘れてください。 孤島で飲んだ時にもで言ったのか?喋った覚えはないんだけど。 「そんな存在居るわけがない……でも少しは居て欲しい。子供の頃の貴方では想像できなかった現実的な部分まで想像できるように成長した貴方は、 北高校に入学したあの日もそう願っていた。超常的な存在の近くで色んな出来事に巻き込まれながらも見守る、そんな一般市民になりたい、と」 違う、そんな事まで俺が朝比奈さんに言うはずがない。俺だって今、言われるまで忘れてた事だ。 なんで、それを……。 「キョン君、貴方は心から願ってしまった。そんな超常的な存在……もうわかっちゃったよね?涼宮さんみたいな人に出会いたいって。心当たりは あったと思うの。神様みたいな力を持っている涼宮さんが、貴方の後ろの席に居たのは偶然?あの席順でなければ、キョン君はきっと涼宮さんに話し かける事はなかった」 それは、たまたま50音順で座ったからじゃ。 「たまたま同じ学校に進んで、たまたま同じクラスになって、たまたま50音順で後ろの席になった女の子がキョン君の望んでいた神様みたいな女の子。 しかもその子にたまたま選ばれた……これはもう偶然とは言えないですよね。どこかに必然が混じってるんです」 ……もしかして、ハルヒが俺を前の席にしたって事じゃ? 「涼宮さんが探していたのは北高の制服を着ていたジョン・スミス。中学校の時に高校生のジョン・スミスを見て同じクラスになれると思うはずがないし、 万一矛盾を無視してそれを望んだとしても、その名前を本当に信じていたならスミスさんでは並びで言うと涼宮さんの後ろに居るはず。でも実際に 後ろの席に居たのは谷口君でした。そして貴方もずっと感じていた疑問、何故宇宙人でも未来人でも超能力者でもない普通の高校生のキョン君を 涼宮さんは選んだのか?さっき話した、たまたまの中にある必然……その答えは、貴方を選んだのが涼宮さんだったのではなく涼宮さんを選んだのが……」 待ってください! 思わず立ち上がった俺はとにかく何かを言おうとした、このまま説明を聞いていたら何かとんでもない事になってしまうんじゃないか? そんな不安が俺をとにかく焦らせていた。 えっと、今この世界に居るもう1人の朝比奈さんは、未来人だって話を打ち明けてくれた時に数年前のある日よりも以前の時代に戻れなくなったって 言いました。そうなんですよね? 「はい、そうです」 でしょう?って事はやっぱりハルヒが全ての原因なんじゃないですか? 「キョン君が私を背負って涼宮さんとグランドで出会ったあの日、あの日よりも過去に戻れないんです」 黒塗りタクシーの中で聞かされた、あの時貴方が会った涼宮さんは、それより前の時間にはどこにも存在していないんですという古泉の言葉が思い出される。 ……古泉が言っていたのは……じゃあ。 俺の思考の中で纏まらなかった考えが、望まない形に固まっていくのが止められなかった。 「時間変動が観測されたあの日、涼宮さんがこの世に誕生した。まるで今の年代から逆算したかのような年齢で唐突に。そして関係する全ての人間の記憶に 彼女の存在が書き込まれた。そして涼宮さんによって未来人の存在が産まれた、……そう考えればあの日よりも前に戻れないのに説明がつくんです」 それで理解できるのだろうか、朝比奈さん(大)は小さく息をついて口を閉じてしまった。 すみません、さっぱりわからないんですが……。 俺にわかるのは大量に浮かび上がった問題だけです。それも長門でも解けないであろう超難問がいくつもね。 溜息といっしょに再びベンチに座る、しばらくは立ち上がれそうにない。 じりじりとした感覚だけが続く無言の時間の中、俺は何を考えればいいのかわからず、朝比奈さん(大)は今何を考えているのだろうか?と考えてみた。 これで会うのは最後だと言いきったのはこれがはじめてだけど、それは何故なのか? 未来が変わってしまうのなら、何故朝比奈さんは今ここに居られるのか? ……どうすればいいか教えてくれないのは、もうどうしようもないって事なのか……。 結局考えは形になる事はなく、いつしか悩んでうつむく俺を朝比奈さん(大)は優しく見つめていた。 「キョン君……もう、お別れの時間になってしまいました」 静かに立ち上がった朝比奈さん(大)が言い出した時、俺はそれを引き留めても無駄なんだろうなという事はわかった。 ベンチに座ったままの俺を見下ろす女神は、俺を沈黙させるなど容易いほどに綺麗で、今は大きなその眼に涙を浮かべている。 「この時代に来た私は幸せでした。色々恥ずかしい思いもしたけど、楽しい思い出もいっぱいできたもの。それに……」 すっと近寄ってくる朝比奈さん(大)の体が俺に重なり、動けないままでいる俺を抱きしめた腕に力が込められる。 その体は小さく震えていて、それに気づいても俺にはどうしていいかわからなかったのが悔しかった。 「もう1人の私は何も知らないまま消えてしまうけど……忘れないでね……私が居た事、過ごした思い出を」 俺の耳が涙に震えるその言葉を捉えたのを最後に、ふっと俺の意識は途絶えた。 ――居るわけないか。 再び俺の意識が戻った時ベンチに寝ていたのは俺一人で、やはりというか朝比奈さん(大)の姿はどこにもなかった。 俺の服にしみ込んだ水滴の跡だけが彼女の残した痕跡だ。 ……ハルヒは俺の思い込みの産物で、実は俺が神様だって?冗談だよな。いくらなんでも。 このままここに居ても風邪をひくだけだ。気だるい体を起こし、俺は日付が変わろうとしている静かな町を足早に歩いて行った。 SOS団が解散?確かに明日は市内散策の日で、俺達はここに集合する事になってる。だからってハルヒがそんな事を言い出すなんてありえない。 そうさ、あいつは未来永劫にSOS団は不滅だって言ったんだ。 だから俺は、翌日駅前に集合した時にハルヒが珍しい事に遅刻してきた上にポニーテールだったのにも驚いたんだが。 それより何より、全員が揃った所でいきなりハルヒがSOS団の解散を宣言した時は本当に時間が止まったと思った。 むしろ、止まって欲しかったぜ。 一日目 ただでさえ大きな可愛い瞳をさらに見開いて固まっている朝比奈さん。 多少やつれた顔で、それでも笑顔らしい表情を浮かべている古泉。 こんな時でも無表情の長門。その無表情が今は何故か、悲しく感じる。 俺は……俺はどんな顔をしてたんだろうな?自分ではわからないが、きっと間抜けな顔をしてたんだろうよ。 誰も何も言えないでいる中、ハルヒが口を開く。 「急にこんな事を言ってごめん。SOS団はあたしが言い出した事なのに自分でも勝手だって思ってる」 お前が勝手なのはいつもの事だが……。ハルヒ、お前本気なのか? 思わず本音が混じっていた俺の言葉に怒りもせず、何故かハルヒは顔を暗くして視線を外す。 「うん」 うんだと?俺の聞き間違いか? 谷口、国木田。隠れてるなら今すぐプラカード片手に出てきてくれ。鶴谷さんでも部長氏でも誰でもいい! みんなで揃って俺を担いでるんだろ?そうでなきゃおかしいじゃないか? 悪いことはみんな夢だなんて思うわけじゃないが、これはないだろ? 俯いたハルヒの周りに立つ誰もが口を開けない中、再び沈黙を破ったのはハルヒだった。 「じゃあ、これで解散。みんな……今までありがとう」 その言葉は、信じられない事に涙で掠れていたんだ。 今でも信じられないぜ。 やがて、小さく会釈して古泉が去り。 不思議な事に、長門は顔を上げられないでいるハルヒの手を軽く握ってから去っていった。 最後に残った朝比奈さんはハルヒ以上に涙目というか号泣で、俺とハルヒを交互に見ながら状況の説明を目で求めていた。 かといって俺に言える事なんて何もないわけで、無言の時間を過ごしていると……。 「キョン」 俺の名を呼ぶハルヒの声は、いつもの無意味なまでの力強さは無かったけれど、もう涙声ではなかった。 ただ、ずっと俺とは視線を合わせないままで視線は下を向いたままだったが。 「あたしね、SOS団のみんなが好き。もう解散してしまったけど、きっと一生忘れない」 ……俺もさ。 これだけ楽しい時間を過ごした仲間を忘れるような奴が居たら、そいつは健忘症の末期症状か情報の改竄でも受けたに違いない。 ただ、ここで終わりにするのは何故なんだよ? イベントが尽きたなんて言わせないぜ?なんとなくすっきりしないから、なんてふざけた理由でエンドレス夏休みをやったお前なんだからな。 「……宇宙人、未来人、超能力者。そんな普通じゃない何かと過ごせればきっと楽しいってずっと思ってた。ううん、今でもそれは楽しいんだろうって思ってる」 お前には言えないが、経験者から言わせて貰えばそれは楽しいぞ。 平凡な日常って奴が恋しくなるくらいにな。 「でもね、今はそれよりもっと楽しい事があるの」 そう言ってから、ハルヒはようやく俺に視線を向けた。 紅潮した頬と潤んだ視線に、俺は思わず息を飲む。 『そして、キョン君は涼宮さんに告白されて恋人になるの』 大人の朝比奈さんの言葉が蘇り、俺の体に緊張が走った。 まさか……本当にハルヒが? 動揺する俺に落ち着く時間なんて与えてくれるはずもない、そんな所だけはいつものハルヒだったな。 こんな状況で、そんな落ち着いた考えが浮かんだのは何故だろうね? 突然顔を近づけてきたハルヒに唇を奪われた俺は、その柔らかな感触をじっと感じる事ができる程度の余裕があった。 キスしたまま、まるで動こうとしないハルヒ。 ここが日中の街中で人目が無ければ俺もしばらくこうしていた……ってここにはまだ朝比奈さんが! 眼球の動きだけで視線を動かすと、俺達を見つめる天使は口元を両手で隠しながら涙眼のまま微笑を浮かべている。その表情に驚きが無い気がするんだが……。 どれ程そうしていただろうか。 ようやく唇を離したハルヒの第一声は。 「バカ」 だった。 なんていうか……お前らしいな。 「う、うるさい」 ハルヒはいつものペースを取り戻した様な気もするが、その顔は真っ赤なままで見ているとこっちまで赤くなりそうだ。 離れるまで気がつかなかったが、どうやらハルヒはキスしている間ずっと背伸びしていたらしい。 今は恥ずかしそうに視線を泳がせているハルヒのポニーテールが、俺の目の前に見えている。 えっと、今のは……つまり。 なんて聞いたら怒りそうだが、聞くしかないよな?でもなんて言えばいいんだ? 「みんなと居る時も楽しいけど、あんたと2人で居る時の方が楽しいの。でもみんなが嫌いって事じゃなくて大好きなんだけど、あんたは……その、 特別っていうか。2人でずっと一緒に居たいって思って……その。あ、あんたも何か言いなさいよ!」 言ってるお前も恥ずかしいだろうが、聞いてる俺も恥ずかしいぞ。ついでに言えば朝比奈さんはもっとだろうさ。 ハルヒ。 「な、何」 俺の言葉に身を震わせるハルヒは、いつもと同じ強気な暴君の様に胸を張ってはいたが。その手は震えていて、俺を見返す瞳には脅えが浮かんでいた。 未来の朝比奈さん、あなたが聞いたセリフってのは俺が今から言う言葉と同じですか? すっと今の朝比奈さんへ視線をずらすと、ハルヒの顔が一気にこわばる。 俺の視線を受けた朝比奈さんは戸惑って何か言おうとしているが、俺はそれを片手で制した。 さあ、ジョン・スミス?お姫様がお待ちだ。さっさと言っちまえ! ハルヒへと視線を戻した俺は口を開き……。 何で俺なんだ? ハルヒと付き合いだした俺が最初に思ったのはそれだ。 面白さって事なら我ながら特に特徴の無い俺を、魏の唯才令曹が如く人外の逸材を求めていたハルヒが必要とする要因なんて何一つないだろう。 外見?自慢じゃないが、俺がモテるようなルックスじゃない事くらい自覚してるさ。 じゃあ何だ? そんな質問をハルヒが嫌うって事だけは知っている俺は、1人になるたびに答えの出ない自問自答に耽っていた。 まあ、あまりに自分を否定する材料しか出なくて途中で止めたけどな。 「お待たせ」 トイレから戻ってきたハルヒが自然に腕を絡ませてくる。それを恥ずかしいとは思うのだが、ハルヒがやけに嬉しそうなんだから恥ずかしいくらいは 我慢するとしよう。 「あ、カラオケ!入ろう?」 ああ。 本日SOS団でする予定だった市内散策は、そのままデートに形を変えて実行されていた。 もちろんここにいるのは俺とハルヒだけ。 告白の場に居た朝比奈さんの姿はいつの間にか消えていて、俺は彼女が未来へ帰ってしまったのではと狼狽した。 しかし、俺の携帯にいつの間にか届いていたメールを見てほっと胸を撫で下ろす事になる。 『実は、少し前から涼宮さんから好きな男の子が居るって相談されてたんです。涼宮さんの事を大事にしてあげてくださいね』 返信はまだしていない。何て打てばいいのかわからないしな。 かつてお前に、こんなおかしな事は止めて彼氏でも作って一緒にデートでもすればいいと言った事はあったが……まさか俺が彼氏になろうとはね。 人生何が起きるかわからないよな、ただの高校生でしかない俺が時間旅行に閉鎖空間を経験するとか、今時小説にもならない設定だぜ。 何より、お前と俺が付き合うなんてのは、これこそ事実は小説よりも奇なりって奴だろう。 カラオケはまだ日中という事もあって大部屋も含め殆どの部屋は空いてはいたのだが、俺達は2人だったので受付から案内された部屋は3人も入れば 手狭に感じるような小部屋だった。 店員の説明も終わり、扉が閉まって2人っきりになった途端。 「キョン」 呼びかけに振り向いた俺の唇を、再びハルヒの柔らかなそれが塞いだ。 今度は学習していた俺は、少し屈んでそれを受け止める事に成功する。 姿勢が楽だったせいか、さっきよりも長めのキスを終えたハルヒはまた顔を紅潮させていた。 沈黙に耐えられず、とりあえず座ろうとする俺の背後から問い詰めるような声がする。 「前に」 ん? 「前に市内散策した時。有希と、その。何もなかった?みくるちゃんとも!……べ、別に何かあっても今は無いならいいんだけど……」 ……ああ、あの図書館と公園に行った時か。何か懐かしい気がするな。 恥ずかしそうに口を曲げるハルヒはいったいどんな想像をしてるんだ?俺がそんなにもてそうに見えるのかよ。 まあ、あの2人に関して言えば恋愛以前の問題だったんだがな。 あのなあ。あれはみんな出会ったばかりの頃だろうが、そんなすぐに人を好きになったりすると思うか? 「あたしは!」 抗議するように声をあげてハルヒが詰め寄ってくると、座ったばかりのソファーの端に俺はおいやられた。 体勢を崩した俺を押し倒すようにして、ハルヒが俺の胸の辺りを見下ろしている。 「あたしは……ずっと。自己紹介の時に振り向いたあんたを見てから、ずっと気になってて……好きだったんだもん」 そこまで言い切った直後、ソファーに置かれたクッションが俺の顔目掛けて次々と飛んできた。 俺も顔が真っ赤だったはずだからそれはありがたかったんだが……。今のは本気か?その割には俺に対して常に攻撃的だったと思うぞ。 クッションの壁をようやく切り崩した時、ハルヒは何事も無かった様な顔でリモコン片手に曲を入れていた。 まだ顔が真っ赤だったのは見逃しておこう。 ハルヒ。 「ひゃっ?!」 俺に呼びかけられてハルヒが変な声を出して振り向く。 飲み物、何か飲むか? 内線を持つ俺に向かって、またクッションが飛んできたのは言うまでもないだろうね。 それから数時間の間、延々と2人カラオケが繰り広げられる事となった。 ハルヒは文化祭の時同様に素人とは思えない歌唱力を発揮して、俺はもっぱらお笑い担当だったのは適材適所って奴だろうよ。 異様なテンションの高さに飲酒を疑われるような2人だったのだが、俺は心のどこかでここに長門や古泉、朝比奈さんが居ない事に違和感を感じていた。 「キョン」 ん? 不思議なもんだ。 俺がそうやってハルヒ以外の事を考えていると、必ずハルヒはそれを察知したかのようにキスをねだってきた。というか奪いに来る。 短い時間のキスが終わると、決まってハルヒは寂しそうな顔をした。 今思えば俺はなんであんなにのんびりとしていられたんだろうな。 ハルヒが彼女になったのにって話じゃない、このままだともうすぐ4人が消えてしまう日が来るかもしれないって話さ。 夢見たいな事が現実になっちまったせいか知らないが、ともかく俺はハルヒとの時間を過ごす事に文字通り夢中だったんだ。 二日目 「ふ~ん……これがキョンの部屋なんだ」 あれ、夏休みに来た事あったじゃないか。 「あの時はみんなも居たじゃない。今日は、なんだか違う部屋みたい」 本来の主である俺よりもずいぶん軽いであろう体重を支えているベットは、それだけで他人の物みたいに見える。 今日もハルヒはポニーテールだ。 昨日も思ったが髪の長さが足りないせいでぴこぴこと跳ねるそれは、見ていて飽きることがない。 きょろきょろと落ち着き無く部屋中を見回すハルヒは、それなりに緊張しているようだな。俺もだが。 俺はそんなハルヒを椅子に座って眺めていた。 昨日、ハルヒとこれでもかと言う程に遊び倒してから別れた後『明日はキョンの家に行っていい?』とメールが来てからの数時間、俺は自室の掃除に 大慌てだった。 突然の行動に変な所でカンのいい妹は「キョン君!彼女?ねえ彼女が来るの?誰?有希ちゃん?」と騒ぎたて、それを聞きつけた母親も部屋を覗きに 来ようとするのを阻止しながら、何とか恥ずかしくない程度に掃除が終わったのは日付が変わった頃だった。 やれやれ、今は寝不足が続いていいような平時じゃないと知ってるのは俺だけってのはいくらなんでも不公平じゃないか? あ、古泉と長門も知ってるんだったな。 最後の最後まで抵抗を続けた妹は正午を過ぎた今もなお熟睡中で、母親は変な気を利かせてか外出中。 物音一つしない俺の部屋の中で、それまでイージス艦よろしく何かを探していたハルヒの視線がようやく止まった。 「あ、それってアルバム?」 そう言ってハルヒは本棚を指差してこっちを見てきた。緊張していた顔にようやく楽しそうな表情が浮かんでいる。 俺が頷くと、ハルヒはそれを見てもいいと解釈したらしくさっそくアルバムを取り出して膝の上に広げた。 「ふ~ん……。知らない顔ばっかりね」 学校が違うからな。 ハルヒが見つけたアルバムは中学の卒業アルバムで、当然俺の写真なんてクラスの紹介以外には殆ど無い。 行事で活動的に動くような生徒でもなかったし、部活動でも目立ってた事も無い。 そんなのんびりとした生徒をわざわざ写そうとする奇特な教師が居るわけも無く、見つけられた俺の写真の全てが小さな集合写真だったのは当然だろう。 どうやらハルヒはそれが不満なのか、小さな写真まで細かく調べていった。 まあ、気が済むまで見てればいいと思っていたのだが。 「あ、あのさ。中学の時にキョンは誰かと付き合ったりしてなかったの?」 アルバムに視線を落としたまま、ハルヒが呟く。 思わず一人懐かしい顔が思い浮かんだ……が。 してなかったぞ。 嘘をつくまでもなくこれは事実だ。 「そっか」 あっさりと告げた俺の言葉に満足したのだろうか、ハルヒはそれ以上追及する事無くアルバムを閉じて本棚の元の位置に戻した。 そしてそのままの姿勢で固まっている。 「これってもしかして有希の本?」 タイトルだけでよくわかったな。 まあ内容も見た目も軽い本が並んだ棚の中で、その本だけが分厚くて目立つのはわかる。 ハルヒの視線の先には、以前長門に借りたあの本があった。返さなくていいと言われて持ってはいるが、俺が何度も読むとは思えないし返した方が いいんじゃないだろうか。 借り物だけど読んでみるか?お前が気に入りそうな内容だったぞ。 「う、うん。また今度ね」 ……さっきから、というよりもこの部屋に部屋に入ってから変だな、こいつ。それとも俺が変なのか? 「あのさ」 ん? 「急に2人になると何か照れるよね」 そうだな。 平然としてるつもりだが、正直緊張しているぞ。 「でも、みんなが居る時はこんなにキョンと二人っきりで居られないし……。その、キョンは楽しい?……あたしと二人で居て」 緊張した顔で見つめてくるハルヒは、なんというかここで間違いが起きても仕方ないような可愛さだった。 椅子の背もたれに跨っておいてよかったぜ。すぐには馬鹿げた事をしないですむ。 一緒に居たくなかったら、部屋に入れたりしないだろ? 「……そっか、うん」 嬉しそうに俯くハルヒの仕草に、自然に手が伸びていた。 これくらいならいいよな?そう自分に言い訳しながら、ハルヒのポニーテールをそっと撫でてみる。 「ぃひゃ?!な、なに?」 今の俺とハルヒの間には閉鎖空間みたいな見えない壁がある気がする。 それは今まで一緒に過ごしてきた友達という関係で、その一線を越えちまったら今までの様には接する事ができなくなる。そんな壁だ。 自分からその壁を壊しにきたハルヒでさえ、今以上の関係になる事には躊躇いがあるのを感じる。 ……そうだよな、みんなで過ごしてきた時間はそんな簡単に手放せるような物じゃないもんな。 もしかしたら、俺達が恋人同士になってもSOS団を存続させる道はあるのかもしれないが、ハルヒは自分が一番望む事でなければ笑ったりしないだろう。 それがわかっているから解散したんだもんな。 でも今なら、まだ引き返せるかもしれない。 恋人ではなくSOS団の仲間に。 ハルヒは……いや、俺はいったいどちらの関係を望むんだろうか? とまあ俺達の関係もどうすればいいかわからないが、長門達が言うように本当に4人は消えてしまうかもしれないって問題のほうはさらに手詰まりに なっている。 いつもの様に誰かに相談する事もできない、かといって時間が進むのは止められない。 ――答えの出ない疑問を抱えたまま、最後の日がやってきた。 三日目 四日目 放課後の部室棟、誰も居ないであろう文芸部の部室の前で俺は立ち尽くしていた。 ここはもう元文芸部ではない。 廊下には文芸部と書かれたプレートがあるだけで、SOS団と書かれた紙はもうない。つまり本当に文芸部だって事だ。 もしろ最初からそんな紙は無かった事になっているんだろうよ。 触ってみてはいないが、プレートの上にセロテープが貼ってあった痕跡も無く、代わりにそれなりの年月で降り積もった埃が乗っているはずだ。 現状は、俺が長門の力によってハルヒの居ない世界に迷い込んだあの時よりも状況は悪い。 なんせ誰も居ないんだもんな。 頼るべき相手どころか相談相手も居ない。……そして俺には特別な力なんて無いんだ。 ドアノブに手をかけてみたが回す気になれず、俺は手を離してその場を後にした。 家に帰る気にもなれず、教室に戻った俺は机にその身を委ねてこのまま机の一部になろうとしていた。 俺の席は窓際の後ろから……一番目。 後ろの席になるべき場所に机はなく、そこは空間が広がっているだけ。 朝、教室に入った時にその状況を見ても俺は驚かなかった。 こうなってるだろうって予想はできてたからな、変わりに朝倉が居ないってだけいいのかもしれん。 ……いや、本当は朝倉でもいいから居て欲しかったな。 「お、まだいたのか」 声に続いて聞こえてきた足音は二つ、多分谷口と国木田だろう。 その音に振り向くだけの行為も面倒くさく、俺は夕焼けに染まろうとしている空を視線だけで見つめ続ける。 「なんだよキョン、世界の終わりみたいな顔して?」 言いえて妙って奴だな。 「はぁ?」 ある意味、主が居なくなったこの世界は終わってしまってるんだろう。 みんな居なくなってしまった。寡黙な宇宙人も、天使の様な未来人も、ゲームの弱い超能力者も……そしてあいつも。 1人残された俺にはのんびりとした平凡な日常が待っているはずだ、それは俺が望んだからなのか?望んでないとは言えないけどな。 「何意味不明な事言ってんだ?」 ……谷口。 「あ?」 俺が今から聞くことは無駄な事だ、自分でもそれは分かってる。 どうにも力が入らない体をなんとか起こし、奇跡って奴がもう一度起きないか願ってみた。 お前、涼宮ハルヒを知ってるか? 「すずみや……知らねぇな。どんな字を書くんだ?」 国木田はどうだ?長門有希、朝比奈みくる、古泉一樹。聞いた事のある名前は無いか? 「ん~……聞き覚えのない名前だけど。新しい芸能人か何か?」 そうだよな、初めから何も無かった事になってるんだもんな。 ここは長門が作ったようなIFの世界でもハルヒが無意識に作ってた閉鎖空間でもない、ただの現実。それはわかってるんだ。 「休み明けからお前変だぞ?何があったかしらねえが元気出せって」 ありがとよ。 でもな、俺が何もする気にならないのは仕方ない事じゃないか? 魔法以上の愉快が、限りなく降り注いでいた日常が終わってしまったんだ。何事も無い日常って奴に慣れようにも時間が要る。 再び机との同化作業に戻った俺を残して、二人の足音は遠ざかっていった。 時間の経過に合わせて空はその姿を変えていき、沈んでいく太陽が教室内を赤く染めていく……。 圧力を感じるような光の中、俺はふと背後に気配を感じて振り向いてみた。 しかしやはりそこにはハルヒの机はなく、不自然に広い空間が広がっているだけ。 終わり……か。 今日という一日が終わって過去になり、明日が来る。その繰り返しの中で古い記憶は薄れていき、いずれは消える。それは避けられない事なんだよな。 そうやって理屈を並べて自分を理性的に納得させようとする感情と、それを否定する感情が心の中で戦っているのがわかる。 否定するそれは、ただ単純にあの頃……つまりは数日前に戻りたいと叫んでいた。 俺だってそうしたいさ、朝比奈さんや長門や古泉ともう一度会いたい。ハルヒとも……。 「見ないで」 悲しそうなハルヒの顔が一瞬浮かんで、消える。 あいつ、もう俺とは会いたくないと思ってるかもな。 それまで低かったはずの体温が急に上がるのを感じる、心臓が勢いよく鼓動しだしてまるで今から全力で走り出そうとしているみたいだ。 だらりと垂れ下がったままの腕に力が入り、掌もじっと汗ばんでくる。 あいつが会いたくなくても、俺は会いたい。 ……それだけでもいいよな? 俺は殆ど体温と同じくらいまで温まっていた机から身を起こし、真っ赤に染まった教室を出て行った。 まずはどこだ?いや、考えるまでも無い全部だ! 俺の足は、昨日カマドウマ以下であると確定した俺の頭が動き出す前にすでに走り出していた。 最初に向かったのは屋上の扉前、ハルヒに部活を作る手伝いをしろと脅された場所だ。 夕方の校舎はすでに照明も落ちていて薄暗かったが、探す場所も無いほどにそこには何もない。 ……次は、部室だな。 俺は階段を登ってきた勢いそのままに階段を駆け下りていく。 元文芸部であり元SOS団部室でもあった現文芸部の中には、やはり見覚えのある物は何もなかった。 長門の時に一回経験してるからな、ここまでは予想範囲内さ。 しかし、あの時と違うのは旧式のパソコンもすらもここには無いって事だ。 正直失望もあった。だが、諦めるのはまだ早い。 壁際に置かれた本棚に向かうと、さっそく端から順に調べていく。 今回も栞があるとは限らない、小さなヒントも見逃さないように丁寧にページをめくっていく……。 無いか。 本棚の本を全部調べ終えた時、思わず独り言が出てしまった。 薄暗かった部室は今は照明をつけているので明るいが、外はすでに日が落ちていてグランドにも人影は無い。 探し物をしている間に用務員が一度部室を訪れたが、必死に調べ物をしている俺の姿を見て勉強の為とでも勘違いしたのかあっさりと引き上げてくれた。 次はなんだ? あいつは俺に部活を作る規則を調べさせて、自分は部室とメンバーを準備したんだったな。その後どうなった? ……最初、ここに長門が居た。 あいつがいつも居た窓際に、今はパイプ椅子は置かれていない。 そして、朝比奈さんが拉致されてきた。 ハルヒの興味が向くままに集められていった朝比奈さんの衣装がかかったハンガーは、その姿を消している。 最後に、転校してきたばかりの古泉が連れてこられた。 弱いくせに次々と持ち込んできたあいつのゲームは、部室のどこを探しても見つからない。 SOS団に関わるものは何もかも無くなっている、そんなのはわかってるさ。 とりあえず座ろうと思い、部屋の隅にあったパイプ椅子を広げて置いた時、俺の脳裏に僅かに熱をもった視線で見上げるあの宇宙人の顔が浮かんだ。 「なんだい君は。入部希望者かい?」 無駄にエアコンが効いた部室に入ってきた俺を迎えてくれたのは、奇異の目で見上げる部長氏の顔。 そしてモニターから視線を上げようともしない部員達だった。 どうみても初対面って感じだな。俺達は面識すら無いって事になってるらしい。 入部希望じゃないんですが、コンピ研に興味があって来たんです。 「はぁ?……もしかして、文化祭で我々のゲームをプレイしたのかい?」 部長氏のその言葉に俺は思わず息を飲む。 思い出されるのはSOS団に挑戦状を持ってきた部長氏、先手必勝と蹴り飛ばすハルヒ、宇宙空間を彷徨う朝比奈さん、のりのりな超能力者。 ……そして僅かに目を輝かせた宇宙人。 頼むぜ、何か手掛かりがあってくれよ? 俺はなるべく専門家っぽい表情を浮かべて部長氏のパソコンを覗き込んだ。 どこかで見たことがあるモニターだとは思ったが、これはハルヒが強奪した例の最新型パソコンじゃないか。 あるべき場所にあると違うように見えるもんだな。 不審げな視線を送ってくる部長氏を無視しながら、俺は言葉を選んで話し始めた。 The Day Of SagittariusuⅢには、チートモードがある。 俺の言い終えるのと同時、部室の中に響いていた無機質なタイプ音が瞬時に止まる。 「……な、何の事だい?」 声は笑っていても、モニターに写ってる顔が笑ってないぜ?部長さん。 索敵モード、オフ。 続く俺の言葉で、部員の間に緊張が走るのがわかる。そして何より部長氏の顔は引き攣っていた。 さらにワープ機能。 「ど、どうやって調べたんだ?配布版には編集機能は無いし、何よりロックしてあるプログラムを解析できるなんてただの高校生とは思えない……君、名前は?」 急に熱意に満ちた目で見つめてくる部長氏に、俺は何て答えればいいのか? ここで答えるべき名前はこれしかないだろう、ある意味俺には魔法の言葉だ。 ただの一般人でしかない俺に、ほんのちょっとの勇気をくれる名前。 ……待ってろよ?ハルヒ。 俺は久しぶりに胸を張って口を開いた。 聞きたいのはハンドルネームですよね?俺はジョン・スミスです。 それから俺は部長氏にSOS団の事を聞いた。まさか知って無いだろうと思ったのだが、 「ああ、知ってるよ。僕のお気に入りにいつのまにか登録してあったんだ。カウンターとTOPページがあるだけのHPで何なのかわからないんだけど、 何故か消去する気になれないんだ」 一気に道が開けたのかと期待した俺だったが、残念ながら部長氏が知っているのはそのサイトだけで、長門や古泉、そしてあんな事があった朝比奈さんと ハルヒの事も知らなかった。 それにしてもあいつの痕跡が何故この世界に残れたのか? 俺に正確な答えが出せるとは思えないが、あのサイトはハルヒが指示して、俺が作った物だ。 つまりこのサイトは、シンボルマークを除けばパソコンに向かう俺の後ろでがなってた指示だけしかハルヒは関わっていない事になる。 ここで正確な事がわかるはずもないが、とにかく俺はみんなとの繋がりを見つけた事に喜んでいた。 部長氏のパソコンでさっそくそのサイトを見せてもらうと、そこにはあの長門改編による「ZOZ」団のロゴが現れる。 カウンターは一万を超えたままだ、数日前に見たはずなのに懐かしさがこみ上げてくるのを止められないぜ。 URLに数行足して、編集者モードに入りログインパスワードを入れる。 「これってあんたのサイトなのか?」 パスワードは正確に認知され、画面は編集画面へと切り替わった。よかった、間違いなくこれは俺が作ったサイトらしい。 まあそんなもんです。 「もしかして……他人のパソコンのお気に入りに自動登録させるウイルスか何かなのかい?凄い技術じゃないか!」 変な方向へ勘違いしてくれている部長氏は無視したまま、俺はブラウザを閉じて、次の行動に移った。 スタート、検索、対象はドライブ全部で形式はJPG・・ 「ちょ、ちょっと待ってくれ?」 ああ。そうか、高校生のパソコンに見られたらまずいものがないわけないよな。 検索対象を変更、フォルダ名mikuruを検索。 ……だめか。 検索結果は0件が表示されている。 朝比奈さんの存在が無かった事になってるのに、画像が残ってるわけないか。 「い、今のはなんだったんだい?もしかして君のプログラムの痕跡を探してみたとか?」 適当な言い訳を考えるまでも無い、部長氏は勝手に勘違いを継続してくれているようだ。 まあそんな所です。 少なくともこれで、実は俺は精神障害者で今までの出来事は全て妄想に過ぎなかったなんて事はなかったわけだ。 だからといって状況が好転しているって事でもないけどな。 部長氏にパソコンを明け渡し、また来ますとだけ言い残して俺はコンピ研の部室を後にした。 う~寒い。 そう自然に口から出るほどに、いつの間にか外の気温は下がっていた。 地球温暖化の影響って奴かは知らないが、日中と気温の差がありすぎるんだよな。 防寒面でまるで役に立たない冬制服を恨みつつ足早に校門を出て、そのままいつもの下り坂を降りていく。 すでに周りに生徒の姿はない、まあ街灯がついてるような時間だから当然といえば当然だ。 寒さを振り払うように自然と速度を上げて歩いて行くと、次の目的地である女子校が見えてきた。 自然に思い出されるのは髪の長いあの世界のハルヒと、思いっきり足を蹴られた時のあの痛みだな。 ふと、女子高の前に誰かが立っているのが見える。 それは腰辺りまで伸びた長い髪に、黄色いカチューシャをして……って。 寒さに震えていた体がさらに温度を下げた気がしたのに、それは不快な寒さではなかったというかなんとも説明しようがないね。 気のせいでなければ、その人影もどうやらこちらを見ているようだ。 距離にして30メートル程度しか離れていないから、顔までは見えないだろうけど俺の姿は確認できていると思う。が、何のリアクションもない。 気がつけば止まっていた足を何とか前に踏み出す。 何故俺はびびってるんだ? あれがもし、「あの時のハルヒ」だとしても、俺が恐れなくちゃいけない理由なんて何もないはずだ。 それに俺は女子高があの時みたいに共学に変わっていて、ハルヒが居る事を望んでいたはずだろ? だからこうしてここに居るのに、無駄に激しい胸の動悸は治まりそうにもない。 そして残り10メートル程の距離まで来た、……すかさず漏れる溜息。 おいおい、俺はどうあって欲しかったってんだよ。 そこに居たのはハルヒでも、そしてあの時のハルヒでもない――ただの知らない女生徒だった。 近づいてきた俺が自分を見ているのに気づいて、女生徒は小さく会釈しながら不審げな眼をしている。 まあそうだろうな、通りすがりの男子高生が自分を見ていきなり溜息をついてんだから。 俺も適当に会釈のような素振りをして、足早にその場を通り過ぎた。 横目に見た女子高はどう見てもいつもと同じ校舎のまま、これまたよく見れば女生徒の制服もいつもの女子高の物のままだった。 軽い失望と不思議な安堵感と共に次に俺が向かったのは……。 手慣れた操作でタッチパネルを操作していくと、安っぽい電子音とともに自動扉は開いていく。 覚えていた暗証番号が使える、って事は少しは期待できるかもしれないな。 公園を出て例のマンションへとやって来た俺は、久しぶりに自信に満ちた顔でさっそく長門の部屋へと向かった。 しかし現実って奴は厳しい。 708号室の前に取り付けられたインターホンはいくら鳴らしてもなんの反応もなく、当然オートロックで守られた扉は固く閉ざされている。 留守……って可能性もなくはないが、あいつが部室とマンション以外で行きそうな場所となると図書館くらいしか思いつかない。 その図書館だってこんな時間じゃもう閉まってるよな。 違う人が出てこなかっただけまだ救いはあるが、それだけで喜べるほどプラス思考にはなれそうにないぜ。 他の三人の家なんて知らないし、覚えていた携帯番号も全員そろって使われていないのガイダンスが流れてくる。 何をしていいのかわからない時間が、確実にやる気のゲージを削り取っていく。 ……これからどうすればいいんだ? ドアに背を向けてもたれると、視界にはネオンに彩られた夜の街がどこまでも広がっている。 長門の世界で時間制限をかけられてた時の方がまだよかったよな。 あの時は制限があったからこそ可能性もあるんだって思えていたが、今回みたいに何のヒントも何の手がかりも……というよりも、 可能性すら感じられない状況では期待し続ける事が難しい。 見知らぬ上級生になっていた朝比奈さんも、転校して来なかった古泉も、文芸部で一人過ごしていた長門も居ない。 そして、ハルヒも。 もうあきらめろよ? そう、自分の中の理性が言っているのがわかる。徒労感が味方しているのか今度の理性はやけに強気だ。 ただ、平凡な日常に戻るだけだろ?それに慣れるように努力した方が前向き。違うかい? ……そうかもな。 今の言葉、本気で思ってるか?考えてもみろ、これから進路だテストだって忙しくなる。そうなった時に今までみたいな事をしてたら後で後悔するぜ? そう考えたら、今の状況は悪くない。やっと周りの連中と同じに戻れただけじゃないか。俺の言葉に反論できるんならしてみろって。 ……。 何事もな、済んでしまったら寂しくなるんだよ。ゲームが終わってもアニメが終わっても恋愛が終わってもな。そうなった時に未練たらしく思い続ける よりも、他にやるべき事を見つけて努力する事が人生において最も大切であってだな。 黙れ。 思わず声が出た自分に驚きながらも、俺は急いで左右を見回した。 ……よかった、誰もいないか。 末期症状だな。いくら突っ込む相手が居ないからって、自分で自分に突っ込んでどうするんだよ? 突然、静かな廊下に携帯の着信音が鳴り響く。 コンクリートの壁に反射されたそれが響き渡る中、俺は急いで携帯を取り出して相手も確認しないまま受話ボタンを押した。 「あ、キョン君?今日は遅いね!どうしたの?」 甲高い妹の声を聞きながら小さくため息をつく、そういえば連絡してなかったな。 悪い、今日は遅くなるから夕飯は要らないって伝えておいてくれ。 「おかーさーん。キョン君ごはんいらないってー…………うん…………お母さんが何時に帰ってくるのって?」 わからん。 「わからんってー」 妹がおそらく母親へ向かって叫んでいるのであろう無駄にでかい声を聞きながら、俺は通話終了のボタンを押した。 そしてそのままマナーモードに設定して携帯をしまう。 これからどうすりゃいいのかも、もうわかんねーよ。 それからしばらくの間、無音で振動を続ける携帯を無視したままで俺は変わらない様で変わっていく夜の街並みを眺める事にした。 ――どれくらいそうしていたんだろう。 いつの間にか冷たかったはずのドアは俺の体温でそれなりの温度に上昇していて、代わりに夜の外気にさらされていた俺の体は冷え切っていた。 うわ、もうこんな時間かよ? やれやれ……結局4日連続で日付を超えるまで起きてる事になるな。 取り出した携帯の時間にため息をつきながら、俺はエレベーターへと向かって戻り始めた。 安全の為か常時照明がついているエレベーターのフロアに辿り着くと、階数表示のパネルの数字がゆっくり増えて行くところだった。 なんとなく下を押すのが躊躇われて待っていると、階数表示はそのまま数字を増やしていきやがて俺が居る階。つまりは7階にたどり着いて止まった。 エレベーターの扉が開くとそこには……。 「お久しぶり。……何よ、そんな不思議そうな顔をして」 そいつは当たり前の様に俺の手を掴んでエレベーターへと招き入れると、そのまま5階のボタンを押した。 7階に用があったんじゃないのか? 「久しぶりに帰ってきたクラスメイトに、そんな冷たい態度はないんじゃない?」 そいつは無邪気な様で邪気たっぷりにしか見えない顔で俺の顔を見ながら笑っている。 つい先日刺されたばかりの俺が間違えようもない――そいつはどうみても朝倉涼子だった。 エレベーターの中には何故か大量の荷物が山積みに置かれていて、しかも朝倉はこの寒さの中でどうみても夏向きな半袖の服を着ている。 「何でこんな格好なのか気になる?」 別に。 お前が男装をしていようがメイド服を着ていようが知ったこっちゃねーよ。 「無理しないの。貴方の力になる為に戻ってきてあげたんだから」 俺の力に?お前が? 台詞が終わるのを待っていたかのようにエレベーターは下降を止め、扉が開いていく。 「荷物を運ぶの手伝ってもらえるかな?重くて大変だったの」 嘘つけよ。どう考えても普通の女一人で運べるような荷物の量じゃないが、お前が普通じゃないって事ぐらい覚えてるぞ。 と、言いたかったのだが。俺は素直に朝倉の部屋まで荷物を運んでやることにした。 やっと見つけた手がかりだ、たとえ自分を2度も殺そうとした相手だからって嬉しくないわけじゃないしな。 朝倉の部屋、505室の中は長門の部屋と同じ間取りなのだが壁紙もカーテンも無く長門の部屋以上に殺風景だった。 「一人暮らしの女の子の部屋に入れたからって、変な事考えちゃダメだからね?」 馬鹿な事を。 変な事ってなんだ、情報連結の解除か? 俺の言葉に、朝倉は驚いたような嬉しそうな表情を浮かべた。 「ふ~ん……って事は君は全部覚えてるんだ。やっぱりね」 エレベーターと部屋を十数回往復してやっと荷物を運び終えた俺がソファーに座っている回りを、朝倉は楽しそうに歩いては次々と荷物を開封していく。 ふと目についた荷物のタグには、見慣れない英単語が並んでいた。 まあ見慣れた英単語なんて無いんだが。 朝倉、お前どこか外国へ行ってたのか? 「私がどこへ行ってたのかは知ってるでしょ?」 紐で縛られた食器を運びながら朝倉は笑っている、俺が知っているだって? 俺が知っているお前は長門に消滅させられて、建前上カナダへ行った事になり。その後、俺を殺そうとしてだな。 「今言ったじゃない」 なんのことだ? 「私は建前上、カナダへ行ったのよね」 そうだな。お前が消えちまった事を長門がそうやってごまかしてくれたんだろうよ。 「ヒント、涼宮さんが思った事はいったいどうなりますか?」 何を突然……。 「いいから答えてよ」 ハルヒが思った事はその通りになっちまう。これでいいか? 「正解!長門さんが私の情報連結を解除した事を涼宮さんは知らない。そして私はカナダへ行ったと聞いた……」 思いつくまでに数秒かかった。 ……まさか! 驚く俺を見て、朝倉は嬉しそうに笑っている。 ハルヒは朝倉が転校したと本気で思ってる、なんせ実際にここまできて探しまくったんだからな。 だから本当は消えてしまった朝倉は、ハルヒの思い込みのせいで本当にカナダに行った事になったってのかよ? 「長門さんも私がカナダに再構築されてた事には気づかなかったみたいね。……でもそれって、気にしてなかったからチェックもしなかったって事だから ちょっとショックだけど……そのおかげで助かったんだから、結果オーライって所かな」 それで?何で帰ってきたんだ。3度目の正直で俺を殺したくてか? 1度目はナイフが掠っただけ、2回目は奇跡的に致命傷にはならなかったがしっかり突き刺してくれた。次はなんだ? 「3度目?」 覚えていないというよりも本当に知らないらしく、朝倉は不思議そうな顔で俺を見ている。 ああ、あの時の事は知らないのか。気にするな。 「気になるから教えてよ?それに涼宮さんが居なくなった今、私は貴方に殺意なんて持ってないから安心して?」 その言葉に俺は少なからず、いやかなり動揺した。 何でハルヒが居ない事を知ってるんだ?いや、それよりハルヒが居ないのを知ってるならなんでここに来たんだよ? 「そんなに一度に質問しないで、それに私が先に質問してるの。質問に質問で返すなんていけないよ?まずはそうね……涼宮さんの居なくなった時の話がいいな」 そう言って俺が座るビニールに包まれたままのソファーの向かいにあった、まだ封を開けていない段ボールの上に朝倉は座った。 どうやら話を聞くまでは何も教えるつもりは無いらしい。 終始嬉しそうな顔をしている朝倉相手に、俺はこれまでの事を話し始めた。 俺は昨日の事は一生誰にも話せないだろうと思っていたが、本当はやっぱり誰かに聞いて欲しかったのかもしない。 一度開いた口は止まらず、聞き役に徹している朝倉相手に俺はゆっくりと事の顛末を話していった……。 3日目 「ねえキョン」 なんだ? 「なんだかさ、休日の校舎って不思議な感じよね」 そう聞いてくるハルヒは、極上のスマイルに少しの緊張をブレンドした顔で……惚気でしがないが、俺はそれを素直に可愛いと思った。 もちろん今日もハルヒはポニーテール、三日連続だが一向に飽きる気がしないね。 あの日。 結局、一日俺の部屋で過ごした俺とハルヒなのだが。 ハルヒのポニーテールを触っている時に妹が乱入してきてからは特に何事もなく、妹相手にハルヒが暴れまわって何故か料理大会にゲーム大会と続いて いつの間にか日付が変わっていた……とまあそんな感じだった。 つまりは、朝比奈さん(大人)が言うような展開も何一つ起こらなかった訳で、俺は密かに危険は回避できたと思っている。 ハルヒと、その、なんだ。表現する事に制限がかかるような展開があってみんな消えるって奴の事だ。 少なくとも、俺とハルヒの間にそんな出来事はなかった断言できるぞ。 「朝比奈みくるの異時間同位体が知っている知識は、これから起こるはずであった選択肢の一つ」 ハルヒが帰った後、これでもう大丈夫なのか?と長門へ送ったメールの返事がこれだ。 なんとも素敵にわかりにくいが、なんとなく意味は通じる気がする。 でも、朝比奈さん(大人)が言う歴史通りにはならない可能性もあるんだよな? と聞いてみると。 「絶対の歴史はどこにも存在しない」 という何とも頼りがいのある返答が返ってきた。 「何にやけてんの?」 ん、いやなんでもない。 「変なキョン」 にやにやしている俺に疑いの眼差しで見つめるハルヒだが、流石に今の俺の心境までは見通せないだろうよ。 静かな部室棟を俺達二人は歩いて行く、目的はもちろんSOS団の部室だ。 部室のドアの前で俺はふと足を止めた。 「何見てるの?」 ん?ああ、これだ。 俺が指さしたのは、文芸部の看板に張られたハルヒ直筆のSOS団と書かれた元A4紙だ。 「ああ、これね。ちゃんとした看板の方がいいのかな」 隣に立ってハルヒも看板を見上げる。 そうじゃなくて、俺はSOS団が解散したなら文芸部に部室を明け渡すべきじゃないかと思ったんだが……まあいいか。 俺はお前が書いたこれも好きだけどな。 そういって俺は部室の扉を開けたのだが、何故かハルヒに背中を叩かれた。 何故だ? さて、どうして俺達がわざわざ休日の部室棟なんて所に居るのか?と思っている人も居るかもしれないな。 それにはちゃんとした訳がある、つまりは俺とハルヒの関係は結果的に彼氏彼女、俗に言う恋人って状態になったわけだ。 だが、さっきも言ったが朝比奈さん(大人)の予言には続きがある。 あの時は思わず流してしまったのだが、予言によればハルヒの告白、付き合いだす、そして……なんというかまあ、二人ははじめて結ばれるとあのお方は 仰ったわけだ。 この予言を回避する為に、俺はハルヒに明日は部室へ行こうと提案してみた。 いくらなんでも学校でそんな展開にはならないだろうし、部室ならいくらでも遊びようがあるからな。 それに、テスト明けの休日にわざわざ学校へ来るような向学心溢れる生徒は北校には一人も居ないだろう。 休日の最終日に部室へ行こうと言った俺をハルヒは不思議がっていたが、説得するまでもなくあっさりと承諾した。 「はい」 そう言って差し出されたお茶を手に取ると、 「み、みくるちゃんには敵わないと思うけど」 と、ハルヒはあわてて付け加えた。 まだ何も言ってないぞ、それにな。 「それに……なによ」 美味しいぞ、これ。 「ばっ!……ありがとう」 一瞬お盆を振り上げたハルヒは、そのまま後ろを向いてしまった。 本来、礼を言うのは俺の方なんじゃないだろうか?とも思ったがハルヒは嬉しそうにお盆を片づけに行く。 熱いお茶が心も体も温める感覚に酔いしれる、お茶はいいねえ。 二人っきりの部室は妙に広く感じて、なんとなく俺は長門の世界に迷い込んだ時の事を思い出していた。 静かな部室で、一人本を読んでいた眼鏡をかけた長門。 そういえばあいつは向こうの世界では何か小説を書いてたんだっけ? 結局読めなかったな。 鶴屋さんと仲良く、ごくごく普通の高校生活を送っていた朝比奈さん。 ……残念だが、俺の事は間違いなく不審者という認識で終わっているだろう。 不機嫌オーラ全開でぶつけようのない力を持て余してたハルヒと、そんなハルヒに好意を寄せる古泉。 二人は俺が居なかったらどうなるんだろうか?実らぬ恋で終わる……いや、案外うまくいくのかもしれない。 あいつらはみんな居なかった事になったんだろうか? それとも、俺にはわからないどこかでまだ続いているんだろうか? ――俺の居ないSOS団として。 「ね、ねえ」 ん? いつもの団長席に座ったばかりのハルヒが、パソコンの隣からこちらをちらちら見ている。 「そっちに行ってもいい?」 いいも何も朝比奈さんは今日は居ないし、お前の好きな所へ座ればいいだろ? と、思わず言いそうになったがここはそんな事を言うべきじゃないよな。 俺が黙って隣にあるパイプ椅子を手前に引くのにあわせて、ハルヒ顔に笑顔が浮かんだ。 少し赤面したハルヒが俺の隣に大人しく座っている。 それはそれで可愛いと思うんだが、何も話しかけてこないハルヒ相手に俺はどうしていいのかわからなかった。 誰に頼まれた訳でもないのに、不定期にとびっきりの面倒事を持ち込んできたハルヒが急に大人しくなってるんだ。無理もないだろ? だからといってこのまま病院の待合室のごとく並んで座っているのもなんなので、俺はなんとなくハルヒの手を握ってみると。 倒れるパイプ椅子と脊髄反射的に立ち上がるハルヒ。 「なんで離すの?」 お前は何を言ってるんだ? 手を振り払って立ち上がったのはお前じゃないか。 それに、お前が立とうとしてるのにそのまま掴んでたら倒れるだろ? 「ご、ごめん」 そういって座りなおしたハルヒは、おずおずと手を伸ばしてきた。どうやら握ってもいいという事らしい。 俺はそっとその手を掴んでみる。一瞬ハルヒの体がびくっとなったが、今度は逃げられなかった。 軽く握っている俺の手にハルヒの指がゆっくりと触れてくる。 うつむいているからよくわからないが、前髪の間から見えるその顔は真っ赤になっていた。 キスは無理やり奪えても、ハルヒにとっては髪を触られたり手を握られるのは恥ずかしい物なのかもしれん。 いつも俺を連れまわしてる時は、襟首だのネクタイだの好き勝手に掴んでたのに何で今日は恥ずかしそうなんだ? 「あれは!その、まだ団長と団員の関係だった時の事じゃない。今は違うから、これも違うの」 そうなのか。 「そうなの」 嬉しそうに言い切るハルヒを見ていると、俺も何故か嬉しかった。 この感情を文字にするなら多分、好きって言葉がすんなりと当てはまるはずなんだが、それを言葉にするのは恥ずかしいというか躊躇われるのは何故だろうね? 相手がその言葉を望んでいるだろうと思って、自分も伝えたいのに言葉にできない。そんなもどかしい感情を人は…… 「何考えてるの?」 いつの間にか多少顔色を平常に戻していたハルヒが俺の顔を見つめていた。 ハルヒな目に俺の緊張した顔が写っている、おいおい俺はこれからどうするつもりなんだ? ハルヒ。 俺の呼びかけをどう取ったのかわからないが、ハルヒは俺を見上げたまま目を閉じる。 これはつまり、その……。 昨日しておいて今日出来ないって事もないのだろうが、 「えええ!」 突然の大声は俺達の背後、隣の部屋から聞こえてきた。 それは残念ながらというか可憐な女子生徒といった声ではなく、男子生徒の狼狽したような声にしか聞こえない。 続いて聞こえてくるドアを開ける音、それに続く小さな足音とあわただしい足音。 「ま、待ってくれ?君が居なくなるってどういう事なんだい?」 入口のドアにある窓越しに見えた人影と、聞こえてくる声にも聞き覚えがある、あれはコンピ研の 「部長?」 俺とハルヒの声が重なった。 そっとドアを開けてみると、そこにはいかにもインドアそうな華奢な体つきの部長氏が、その体ですら隠せてしまうような小さな長門の肩を掴んでいた。 そんなに力強く揺さぶっているんじゃないのだろうが、長門はまるでマネキンの様に前後に揺さぶられるがままになっている。 「詳しく説明してくれないか?もうここには来れないってどんな意味なんだい?いや、それはまあ君のレベルから見れば僕らと一緒にいる時間に意味なんて 微塵もないんだろうけど……ってそうじゃない、居なくなるってどういう事なんだい?」 廊下に顔を出した俺と、困った様なそうでもないような顔で揺さぶられるままだった長門と視線が合う、 その目には、ありえないはずだが驚きといった感じの感情が浮かんでいるような気がした。 「ちょっとあんた!有希に乱暴するなんて何考えてるのよ!」 言葉と同じ速度ではないかと思う速さでハルヒが部室を飛び出していく。 以前、部長氏に問答無用で飛び蹴りを入れたお前が言うのもどうかと思うが、言ってることは正論だな。 でもお前が言うと不思議な気持ちになるのは何故だろう。 見ているだけに耐えかねたのだろう、言葉だけでなくハルヒが部長氏に掴みかかっていく。当然肩などではなく、襟だ。しかも片手で持ち上げてやがる。 それを乱暴と呼ぼう。 酸欠で弁論する機会を酸素的に奪われている部長氏には悪いが、先に長門だな。 まるで当事者ではないかのごとく平然とした顔で立つ長門に駆け寄った、急がないと部長氏が危ない。 長門、お前居なくなるって本当か?それってどういう事なんだ? 例の件はフラグ的に回避してる気がするから多分大丈夫だぞ? なんてハルヒの前では言えないが。 そう聞かれた長門は、ただじっと俺の顔を見ていて……不思議なことにそのまま視線を下へと向けてしまった。 俺にだけ聞こえる小さな声で長門は呟く。 「涼宮ハルヒは私にこの部室に居て欲しいと望んだ、だから私はここに居る。しかし同時に貴方と二人きりで居たいとも望んでいる。貴方達が部室に 近づいて来たのを感じてコンピ研の部室に隠れていた」 なんだそりゃ?っていうか居なくなるって話と関係なくないか? 「原因は不明。ここ数日、涼宮ハルヒの力は徐々に弱まってきていた。でも今は、これまでで最も大きい力を感じる。恐らく、彼女が望む事は 殆ど全てが現実になってしまう位に」 相変わらず長門の話は俺には理解できないのだが、俺を見つめる長門の眼からはある種の緊張のような物が感じられた。 「有希」 いつの間にかハルヒは部長氏を開放して、俺と長門の顔を交互に見つめていた。 その顔が怒っていたのならまだよかった。 俺は思わず息を飲み、言葉を無くす。 何故ならその時のハルヒの顔は、どう見ても不安そうだったのだ。 俺達の間に訪れる沈黙、静かな廊下には足元で荒い息をする部長氏の声だけが響いていた。 そんな中、遠くから誰かが階段を上ってくる足音が聞こえてくる。 「あ」 「これは」 その足音と声は。 「みくるちゃん、古泉君」 ハルヒ、これもお前が望んだからなのか? 解散したはずのSOS団のメンバーが、召集された訳でもないのに何故か揃ってしまったわけだ。 しかも人気のない、休日の部室棟に。 古泉、お前どうしてここへ? 俺の言葉に古泉は困った笑顔を浮かべる。 「どうして、と言われると困りますが。休日に他に行く当てがなかったもので」 嘘だ、それは俺でも即座にわかるレベルの嘘だった。 俺に視線を向ける古泉は、笑顔の中で必死に何かを訴えかけてきている。しかしそれが何を意味しているのかは俺にはわからない。 「みくるちゃんはどうしてここに?」 「え?あ、あの。お洋服を返す前にクリーニングに出そうかと思って……」 朝比奈さんの言葉を聞いてハルヒは口を閉ざす、どうやら思い出してしまった様だ。 俺達はもう、SOS団ではないという事に。 誰も口を開けない中。 「……なんだか知らないけど部室に入ったら? ここじゃ寒いだろう」 廊下に座ったままの部長氏が不思議そうな顔で提案してきた。 長門さんの事を後で教えてくれないか?彼女には色々勉強させてもらったから、もしも何か事情があって転校するとかなら僕達も何かしたいんだ。 そう俺に告げて部長氏はコンピ研に戻って行き、俺達は誰からともなく元SOS団の部室に入っていった。 長門がいつもの様に本棚から本を取り窓際へ向かい、朝比奈さんも迷う事無くポットへと歩いて行く。 俺は古泉の向かいに座って、ハルヒはいつもの団長席に座る。 いつもと同じSOS団にしか見えない光景、ただ俺達の間に流れる空気はいつものそれとはまったく違う物になっていた。 「はい。どうぞ」 もうSOS団はないのに、朝比奈さんはいつもの様にお茶を淹れてくれる。 その心づかいが今は何よりありがたいです。 お盆の上に並ぶ湯呑の数はいつもと同じ五人分、俺はさっきハルヒのお茶を飲んだばかりだったが小さく会釈して湯呑を受け取った。 習慣というものなのだろうか、古泉は決着間際で終わっていたボードゲームを取り出そうとしていた。 が、俺の視線を感じてその手を止める。 お前がそんな余裕のない顔をするなんてな。 一目でわかるほど、古泉の笑顔にいつもの余裕はなかった。 ハルヒはと言えば誰に視線を向けるでもなく、なんとなくパソコンを立ち上げたり窓の外を見てみたりと落ち着きがない。 誰も口を開かない中で、ハルヒのその行動はいつもとは違う意味で目立って見える。 そんな中でも長門はいつも通り無音の読書を続けていて、その部分だけ切り取ってみればいつものSOS団だと言えなくもない。 ……でも、SOS団が無かった時も長門は一人そうしていたんだろうな。 文芸部の部室で、一人読書をしていた眼鏡をかけたあの世界の長門と同じ様に。 古泉。 「え、あ。はい」 そんなに動揺するな。話にくいだろ。 何も予定がなくてここに来たんだろ?これからみんなでどこかに遊びに行くか? そうすれば朝比奈さん(大)の予言はまず間違いなく回避できるんだ。 だが、俺の思考はどうやら古泉には伝わらなかったらしい。 「いいですね。と、言いたい所ですがお邪魔になってはいけませんし。どうぞ僕の事は気にしないでください」 それは……無理だろう。 自分でもどうすればいいのかわからないのか、古泉はあいかわらず視線で何かを訴えかけている。 そうしている間も、朝比奈さんは黙々とハルヒに押し付けられた衣装をハンガーから外していき、袋の中へと詰め込んでいく。 どの衣装にも思い入れがあるのだろうか、ハンガーから外すたびに朝比奈さんは服を広げて固まったまま無言で見つめている。 「キョン」 ハルヒのたった一言の言葉に、部室の時間が止まった気がした。 団長席に座ったハルヒは、俺に向かって色々と思いつめた顔を向けている。 困ったような苦しいような、悲しいようなそんな顔で。 「……正直に言って? キョンは……」 続く言葉を選んでいるのか、ハルヒの口は言葉を紡がないまま弱弱しく動く。 古泉が何かを言おうとする気配を感じたが、俺はハルヒから視線が外せなかった。 ……なんだ?顔が動かない? 視線を外せないというのは比喩表現でもなんでもなく、俺の体は俺の意志に従って動くことを辞めてしまったかのようにピクリとも動かなくなっていた。 何が起きてるんだ? 突然の出来事に戸惑う余裕もない、表情すら変えられなくなった俺に向かってハルヒはようやく言葉を繋げる。 一度、窓際で読書をしている長門に視線を向けてから、 「あたしと一緒にいるより。ゆ……みんなと一緒に居た方が楽しい?」 まるでその言葉が合図だったかのように、俺の体は自由を取り戻す。 が、今度はハルヒへの返答を迫られた状態でやはり俺はハルヒから視線を外せなかった。 視線を向けないままだが、今古泉が俺に対して向けている視線ならすぐに意味が理解できる。 涼宮さんを選んでください。だろ? よくみれば、いつのまにか読書を辞めていた長門も俺を見つめていた。 その視線にはなんの感情もない様にしか見えないが、今は何かを訴えかけてきているように感じられる。 朝比奈さんは俺の後ろに居たので顔色を確認する事はできないが、あわあわとしている雰囲気だけはなんとなく感じられた。 数秒が数時間にも感じられる中、俺が口を開こうとすると。 「……みんな、何を隠してるの?」 俺を見つめるハルヒの顔から、表情が消えていた。 『恐らく、彼女が望む事は殆ど現実になってしまう位に』 長門の言葉が思い出された瞬間、俺は即座に後悔した。 何故なら俺は連想してしまったのだ、もしここでハルヒに知られたら最も困る事は何か、を。 「嘘でしょ」 目を見開いたハルヒが突然立ち上がり、古泉、朝比奈さん、長門へと視線を向けていく。 「キョン今のなんなの? え? ……嘘。古泉君、みくるちゃん嘘でしょ? ねえ。有希……有希? そんな、そんな事あるわけない。そんなの嫌!」 ハルヒ! 全員の視線が集まる中で、ハルヒは何かを否定するように首を振る。 「そんなの……居るはずないじゃない!」 錯乱して叫ぶハルヒに俺が駆け寄ろうとした瞬間、俺は信じられない物を見てしまった。 古泉が、朝比奈さんが、長門が。 ハルヒの叫んだ言葉に合わせて、三人とも消えてしまったのだ。 嫌な程の静寂が部室に戻る。 嘘……だろ? それは僅か数秒の間の出来事だったのに、俺は何もできなかった。 古泉が居たパイプ椅子は無人のままテーブルから少し離れた位置に置かれていて、窓際の長門の椅子には開いたままの本が置かれている。 朝比奈さんがまとめていた服が入った袋は、支える人がいなくなった事で音をたててゆっくりと崩れ、中に入っていた服がいくつかはみ出して止まった。 俺はハルヒに駆け寄ろうとしたままの姿勢で固まっている。 何が起きたのかなんて考えたくない、考えなくてもわかってしまったがそれを認めたくない。 「なんなの……なんで?キョンやみんなの思ってる事が聞こえてきて、どうして?なんでみんな消えちゃったの?」 震えるハルヒの声に、俺はなんて答えてやればいいのかわからなかった。 どうすればいい? 何かあるはずだ! あれから三日もあったのに俺は何を考えてきたんだ? 背中を伝う嫌な汗が止まらない。 なんとか自分を奮い立たせて、俺は呆然として立ち尽くすハルヒに近寄る。 ハルヒ。 「キョン、どうして?なんでみんな」 脅えが浮かぶその目をじっと見つめる。 ハルヒ、俺が今から言う言葉をそのまま言ってくれ。できれば心からそう思って言ってくれるといい。 「何それ、キョン。顔、怖いよ?ねえ」 怯えるハルヒの肩に手をのせると、ハルヒの体は大げさな程に震えた。 頼むぜハルヒ。もうこの状況を何とかできるやつはお前しか居ないんだ。 小さく息をついて、俺は言葉を選ぶ。頼む、奇跡って奴があるなら今ここで起きてくれ! 宇宙人、未来人、超能力者は私の所に来なさい。以上だ。 何言ってるの? と言い返しそうな顔をしたハルヒだったが、俺の顔が本気なのを見てぽつぽつと呟いた。 「宇宙人、未来人、超能力者は私の所にきなさい……これでいいの?」 疑いながらも素直に俺の言葉通りに呟くハルヒだったが、振り向いた俺の視界に入ったのは無人の部室だった。 嘘だろ? なんでだ? 今更だが俺の体も震えだす、それはみんなが居なくなってしまった事へのショックもある。 だがそれ以上に、この事態を招いてしまったのはハルヒの力による物だという事を知られたくなかったからだったのだが……。 「キョン」 最悪だ。 再び俺が視線を戻した時、ハルヒは声を殺して泣いていた。 最悪で大馬鹿野郎だ。 俺に何か言おうと口を開くが、ハルヒは何も言えないまま両手で顔を覆ってしまう。 最悪で大馬鹿野郎で救いようのないカマドウマ以下の糞野郎だ。 涙が流れるのも気にせずに、ハルヒは部室が震えるほどの大声で叫んだ。 「宇宙人も未来人も超能力者も居る! 居るの! だからみんな帰ってきて? 有希! みくるちゃん……古泉君……お願い……お願いするから。キョン、 あたし願ってるの! 本当よ? ……なんでダメなの? みんな……みんな。キョン、全部私のせいなんだよね?」 何故、ハルヒが願ってもみんなは元に戻れなかったのか? それは俺にはわからない。 俺にわかるのは、ハルヒに最も教えてはいけない事。 全ての原因は願望を実現するハルヒの力だという事を思い浮かべてしまった俺が、救いようのない馬鹿野郎だって事だけだ。 ただ泣きじゃくるハルヒを見ていた俺は、この上最悪の言葉まで思い出してしまう。 その言葉が思い出されるのを押しとどめようと思わず頭を振った瞬間。 「見ないで」 ハルヒの声が聞こえたと思った時、そこにはもう、ハルヒは居なかった。 机の上にはさっきまで確かにあった団長とかかれた三角錐もパソコンは無く、振り向けばそこに朝比奈さんの衣装もない。 本棚を確認する頃には俺の心は既にあきらめていた、そして思い出されるあの言葉。 ――俺だけが、残る。 古泉の呼び出しからはじまった今回の出来事で、相談した全員が出したその答え。 けだるい体を動かし、なんとか俺はパイプ椅子に体を預ける。 人事も尽くさなかった俺には天命を待つ資格すらない。 物音一つしない部室の中、俺だけが残ってしまった。 その日どうやって家に帰ったのか、果たして夕食は食べたのか。どうやって登校してきたのかも覚えていない。 ただ覚えているのは暗い自分の部屋で布団にもぐり――またハルヒにあの閉鎖空間へ呼び出さるのをじっと待っていた事だけだ。 「なるほどね」 話が終わった所で、朝倉は気を使っているのかことさら明るくそう答えた。 俺は長門がIFの世界に作り変えた事と、その世界を元に戻そうとした時に朝倉が俺を殺そうとした事も一緒に話したのだが朝倉はその話には あまり興味が無いようだった。 どうやら本当に知らないみたいだな、あの時の事は古泉も知らなかったし本当に別の世界の出来事なのかもしれない。 今度はそっちの番だろ。 俺の言葉に、朝倉は少し寂しそうな笑顔を浮かべる。 「そうね。でも最初に言っておくけど、私が全てを元に戻すことができる。なんて期待だけはしないでね?」 恐らくそれは嘘ではないんだろう、その時何故だか知らないが俺はそう思った。 「あの日貴方を殺しそこねた私は、長門さんに情報連結を解除された。そして最初に言ったように涼宮さんの認識によってカナダに再構成されたの。 何の力もない、ただの女子高校生としてね。涼宮さんにとって、私は宇宙人じゃなかったんだから仕方なかった事だとは思うけど最初は大変だったわよ。 でもまあ、貴方の話によれば宇宙人だと認識されていたら私も消えてしまってたんだろうし、これも運命って感じかしら」 軽く話す朝倉だが、俺にはそんな外国で一人取り残されても生存能力はない自信があるぞ。 よく無事だったな。 「無事とは言えないわね、だってすぐに警察に捕まってパスポートも無い私は不法入国って事になってしばらく拘束されてたんだもん…… まあ、合法的に入国してないのは確かだから文句は言えないけどね。強制送還されるかな?って思ってたんだけど、初犯だし未成年だから 保釈金さえ払えばいいって言われてそれからは自由の身。現地の領事館でパスポートも作ったし、すぐに日本に戻って良かったんだけど 特に戻る理由がなかったからカナダでのんびりしてたわ」 朝倉、お前英語が話せるのか?それとよくそんなにお金があったな。 「ああ、人間の通貨は涼宮さんを観察する上で一般生活を不自然なく過ごす為に必要だから、銀行のデータをいじってあらかじめ準備してあったの。 それに人間の使う言語なら一通り知ってるわよ、もちろん長門さんも私と同じ」 俺には、長門が流暢に外国語を話す姿ってのはどうしても想像できない。 「それで、ここからが本題ね。涼宮さんの存在が消えた時、それを私も感じたの。どうしてわかったのかなんて言われても困るけど、 多分私が涼宮さんの創造物だからじゃないかな。あの時、涼宮さんは人外の存在を否定した。だから貴方はここに残っている事ができて、私も残れた。 そして再び出会った二人、これってアダムとイヴみたいじゃない?」 大違いだ。 そう言いながらも俺は落胆を隠せなかった。何故なら、だ。 朝倉の話通りなら、この世界にはもう宇宙人、未来人、超能力者は存在しないって事になるんだろ?。 みんなを取り戻す為に必要なのは正にそんな存在だったのに、その可能性すらも残ってないのかよ?……まったく、溜息しか出ないぜ。 古泉、お前の理論は外れたな。 最後まで俺が残れたから俺が特別なんじゃなくて、俺はただの人間だから取り残されちまっただけみたいだ。 「今日はもう遅いし、続きはまた明日学校で話しましょう。また同じクラスに編入できるかどうかわからないけど、仲良くして欲しいな。あ、結局荷物も 殆ど貴方一人に運んでもらっちゃったし、なんだったら今日は泊っていってもいいよ?」 返事をする気にもなれない。 俯いたままソファーに座っている俺の横に朝倉が近づいてくる、それを無視していると朝倉はそのまま俺の隣に座った。 そのまま俺に体重を預けてくる朝倉の体温が、腕越しに伝わってくる。 「取り残された者同士仲良くするのっていけない?どうせなら、全てを知ってる人同士の方が長続きすると思うんだけどな。私と一緒に居れば、いつか涼宮さん 達を取り戻すチャンスが巡ってくるかもしれないし」 そうだな、はいはい。 ――付き合いきれん。ソファーから立ち上がろうとする俺を手を朝倉は掴んでくる、そして俺に寂しそうな視線を向けて来ていた。 そこには夕陽の校舎の中で俺にナイフを向けてきた時に見せた機械的な笑顔も、早朝の校門前で俺にナイフを刺してくれたあの時の狂気の顔もなく、 ただ寂しいと伝えてくる同級生の顔がある。 「……ねえ、キョン君」 朝倉は軽く俺の手を握っているだけで、振り払おうと思えばその手は簡単に振り払えてしまうだろう。 考えてみればいくらお金があって知識があっても、今の朝倉はただの人間なんだ。 それが外国で一人取り残されて、辛くないわけがないよな。 誰にも連絡を取らず、日本に戻らなかったのも再び自分が消されてしまうかもしれないなら当然だ。 朝倉の瞳が潤んできたのが見えた時、俺はその手を―― 乱暴に振り払った。 そっと振り払った。